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第97話 『やりたいことリスト』その0 at 1995/6/30

「あああああー!! もーダメだー!! あたしの人生、終わったー!!」



 いよいよ週明け月曜日から期末テストがはじまる、というぎりぎりのタイミングで、勉強会実施中の『電算論理研究部』の狭い部室いっぱいに、ロコの絶叫がうわんうわんと響き渡った。



「うるっせーなー、もうっ! まだはじまってもいないのに、あきらめてんじゃない、ロコ!」


「だぁってぇ……ぐすっ……」



 うぅわっ!

 こいつ、マジ泣きしてて、大粒の涙どころか鼻水までべっとりなんだけど。


 こっちが集中して勉強してる時に邪魔されたことでついついイラっとした僕は、うっかりロコ呼ばわりした上に、普段使わないような荒っぽい口調で怒鳴りつけてしまった。けれどみんなはそれよりも、ロコのあまりの惨状が気の毒すぎてこっちにまで気が回らなかったらしい。



「わっかんないんだもんっ! 勉強、難しいんだもん!」


「そ、そうかもしれないけどさ――」



 僕は言葉が過ぎたことを帳消しにしたくて手を差し伸べた。でも、ロコは嫌々をするように何度も首を振り、僕の手から逃げるように振り払って言葉を続けた。



「かえでちゃんもハカセも、とってもていねいに、一生懸命になって教えてくれてるっていうのに、あたしが馬鹿なせいでちっとも覚えらんないんだもんっ! 大嫌い、あたしなんて!!」


「そ、そんなことないよ、ロコさん。最初の頃に比べたら、すっごく良くなってると思うから」


「そうですよ。最近は、佐倉君の通訳なしでも僕の言いたいことが理解できるじゃないですか」


「でもぉ……」



 佐倉君と五十嵐君、もとい、二人の名家庭教師から励ましの言葉を送られ、一度は止まったロコの涙腺が再びゆるみだした。三人で円陣を組むように輪になって泣いている構図は、まるで怪しげな自己啓発セミナーのごとくだ。無論、泣いているのはロコただ一人なのだけれど。



 しかし、現実は残酷である。


 居住地域で機械的に区分けされ集められた『中学校』という枠組みの中では、ロコと同じような悩みを抱える者が非常に多い。学力に優劣の差ができてしまうのは仕方のないことで、といって、授業レベルを引き下げることはできないから必然的に下の者たちが脱落してしまう。そして、彼らを救済する手段も試みも、何一つ講じられていない。実にあんまりな話である。


 逆に言えば、同じ年齢、同じ地域、同じ境遇にある『中学校』の生徒たちは、やがて卒業する時になって互いの行く先に『違い』が生まれはじめたのを嫌でも思い知ることになるのだ。


 まだ純粋で傷つきやすいガラスの欠片のような心に、かすかなヒビが入るのだ。


 あの子はどこそこ高校、あいつは有名私立高、あの、大好きだった憧れの子は専門学校に行くらしい。あいつ? あいつは行く先がどこにもなくって働くらしい――そんな風のウワサが耳をかすめるたび、幼稚園、小学校、中学校までは共に歩んでいた『仲間』が、自分とは別の道を歩んでいく、そうしなければならない『現実』を思い知らされることになるのである。



 どの道に進めば正解――そんなことは決してない。

 が、おのずと心に優越感と同時に劣等感が芽生えるのだ。


 あいつには負けた。でも、あいつよりはマシだった。そう思うことで自らがこれから進むべき道を正当化して、『正しい』のだ、『正しかった』のだ、と信じこませようとする。



 この僕から言わせれば、選んだ道によって将来の幸不幸が決まるだなんてことはまやかしだ。


 いくら良い高校に行って、一流の大学にストレートで合格しようとも、人生に行き詰まる奴はいくらでもいる。それも、ほんの些細なきっかけで。たったそれだけで、一生を台無しにすることだってできるのだ。なぜなら、この僕がその代表だからだ。



 それでも僕は、どうしても上ノ原広子という女の子に手を差し伸べたかった。

 だからこそ、この勉強会を続けることに決めたのだった。



 僕のスマホの中の、メモ帳の『やりたいことリスト』の一番はじめにはこう書いてある。


『やりたいことリスト』その0『上ノ原広子を今よりも幸せにしなくてはならない』と――。




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