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第95話 やるじゃん男の娘 at 1995/6/25

「いやあ、凄かったなあ。スミちゃんのおかげでルールもなんとなくわかったし」


「うふふふ。ケンタ君、バレーボールやってるじゃない。大体似たようなものだってば」


「それはさすがに……。で、でも――お、おほん――スミちゃんと一緒だとやっぱり何でも楽しいなって思えちゃうから、ふ、不思議だなーって……」


「えーえー。どうせルールブック代わりですよーだっ!」


「ご、ごめんってば、もう……」



 ふくれっ面をしてピンク色の舌を突き出してみせる純美子だけど、すっかり機嫌が直ったようで本当によかった。にこにこ笑っている顔を見ているだけでこっちまで楽しくなってくる。


 試合の方はどうなったかというと、表彰式もすでに終わり、観客席も僕らの座っているパイプ椅子以外はすっかり片づけられていて、関係者らしき人から『帰る時にはここに戻すように』と置き場の指示を受けている。そして今は、佐倉君が出てくるのを二人で待っているところだ。



「おっ。そろそろ出てくる、かな?」



 大会に出場していたらしい選手たちが一名、また一名とロッカールームの方から姿を現した。ほとんどの選手が着替えを済ませ、さっぱりした様子からシャワーで汗を流したのだとわかる。その人波から抜け出すように、メーカーロゴの目立つ黒の大きなラケットバッグをゆさゆさ揺らしながら駆けてくる小柄で線の細い姿が見えた。佐倉君だ。



「はっ! はっ! すみ……ません、お待たせ……しちゃって……!」


「だ、大丈夫だよ。一人じゃないから楽しく待ってられるし。それより着替えなくって平気?」


「で、でも……。あ、ひょっとして僕、あ、汗臭い……です?」



 確かに他の選手に比べると、佐倉君は人一倍汗をかいてコートを駆けまわっていた。同じくらいの年頃の選手より、佐倉君は背も低ければ手足も長いとはいえない。それをカバーしているのが足――機動力だ。けれど、その分発汗量も水分補給の回数も、他の選手より多かった。


 けど、汗臭いだなんてちっとも思わなかった。ほら――すんすん――こうして鼻を近づけて匂いを嗅いでみても、臭いどころかむしろ爽やかなフローラルの香りがす――うげっ!



「や、やだ……っ! 臭い、嗅がないでくださいよぅ……恥ずかしいです……」


「全然気にならないよー? でも、汗かいたままだと風邪ひいちゃうから、着替えてきたら?」



 両手でカラダを掻き抱くようにして、真っ赤になって防御の姿勢をとる佐倉君を安心させるように純美子が言う――僕の脇腹に的確な肘打ちを入れてから、だ――ホントに痛いって!



「じ、じゃ、急いで着替えてきますね! ごめんなさい!」


「ゆっくりでいいよー! ……さて、と」



 ぎらり。



「ケンタ君! かえでちゃん、デリケートなんだから、そういうえっちなことは禁止ですっ!」


「ううう……同じ男同士なのに。理不尽がすぎる……」



 純美子、仁王立ちである。佐倉君の気持ちを思いやってのことか、はたまた見当違いの嫉妬によるものか。大丈夫。僕、嗜好はノーマルだし。そりゃ、アリ・ナシで言ったらアリだけど。


 やがて、純美子の表情からふっと険が抜け、夢見るような顔つきになる。



「にしても……凄いなあ、かえでちゃんって。ちょっとびっくりしちゃったよ」


「あ、やっぱりスミちゃんにはわかるんだね」


「うん。さっき関係者っぽいお兄さんにも聞いたんだけどね? かえでちゃん、一四歳以下のクラスで五〇位以内に常にランクインしてるんだって。全国で五〇位以内だよ? 凄くない?」


「え……。それ、マジ……?」



 予想以上だった。というか、はるかに斜め上だ。そんな将来有望なジュニアテニス選手を『電算論理研究部』とかいう得体のしれない部活に付き合わせて、ホントに大丈夫なんだろうか。


 でも、これで授業が終わるとすぐ帰ってしまう理由がわかった。


 試合前に配られた大会資料には『町田ローンテニスクラブ』と、佐倉君が所属するクラブ名が書かれていたからだ。木曽根、咲山、棚尾近辺で暮らしている者であれば誰でも知っているであろう名門クラブである。佐倉君はクラブ主催のスクールで強化選手に選出され、日々トレーニングをしているらしい。



(もうそれだけで十分すぎるほどカッコイイんだけどね……知らぬは本人ばかりなり、だな)




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