第88話 その11「好きな子と一緒に観劇して感激しよう」(2) at 1995/6/16
「ケ、ケンタ君? も、もっとこっち寄ってもいいよ? あ、あたし、狭くないから……」
「あ――う、うん。こ、ここのシート、ち、ちょっと造りが小さめだよね……う、うわっ」
市民ホールの座席は、よくある映画館のものと同じく、座面が跳ね上がるようになっている。そのせいか、僕が座るポジションを調整しようとしたら、するっと手が滑って背もたれと座面の間に潜り込んでしまい、大きく体勢を崩した僕はあろうことか隣の純美子のプリーツスカートに包まれた太腿の上に、ごろり、と身を預けてしまった。瞬時に二人揃って真っ赤になる。
「ご、ごめ……! わ、わざとじゃ……!」
「う、うん! わ、わかってるよ? だ、大丈夫! い、嫌じゃなかった、から……あ、あぅ」
おっふ……。
さらに二人揃って熟れすぎたトマトみたいな顔色になってしまう。い、いかん!
慌てて身を起そうとして、ふと前方に視線を向けると――。
「にやにや」
「にやにや」
「おーまーえーらーなーぁー!!」
「もーっ! いじわるーっ!」
隣ではなくわざわざ一つ前の列に陣取った渋田と咲都子が背もたれの上からひょこりと顔を出し、僕と純美子の様子をつぶさに観察してチェシャ猫みたいなニヤニヤ笑いを浮かべている。僕は咄嗟に丸めたパンフレットを握り締めると、もぐら叩きの要領で叩きつけた――外れ! くそっ! ポン、ポン、と音だけは小気味良くなったものだから、少しばかり僕の気は晴れた。
イキオイで丸めてしまったパンフレットをていねいに広げ、むすり、としたまま目を通す。
「ふーん……。割とあっちこっちで活動してる劇団みたいだ。劇団『ぶるーじゅえる』だって」
「青い宝石?」
まだ頬が上気したままの純美子も気になったのか僕の手元を覗き込んでいる。
「たぶん、それ、カワセミのことだよね! だって、町田の『市の鳥』にも選ばれてるもの」
「そっか、町田で結成された劇団だからか。凄いね、スミちゃん。全然わかんなかったよ、僕」
「えへへー」
なんだか隣の純美子がくすぐったそうに座席の中で身悶えしはじめたけれど、それより僕はキャスト紹介されている役者たちのプロフィール写真――しかも白黒の――が気になってしまった。なんだか年齢層が高いような……僕は一人合点して、勝手に失望していたのである。中学生だからって、趣味のサークルレベルの茶番で済ますなんて! そんな怒りすら覚えた。
僕が少しナーバスになっていたのには理由がある。
それは、この『冒険者たち』という物語に特別な思い入れがあったからだ。
何度か名前の挙がっている僕の叔父さん、泰之おじさんがこの『冒険者たち』を原作として製作されたテレビアニメ『ガンバの冒険』が大好きだったのである。原作とは違い、十五匹から七匹へと大幅にキャラクターが絞り込まれ、必然的にストーリー展開にも多少変更が加えられていたものの、どちらも知った上で泰之おじさんはアニメ版の方を僕に薦めてきたのだった。
どうして泰之おじさんが『ガンバの冒険』が好きだったのかは、四〇になった今でもわからない。
もしかすると、田舎暮らしではよく見かけるネズミが主人公だという風変わりな設定のせいだったせいかもしれない。いや、それとも酒を呑むといつも歌を歌っていたおじさんが、劇中に登場するキャラクター『シジン』と自分のことを重ねていたせいだったのかもしれなかった。
『健太は、どのキャラクターが好きだい?』
『僕はー……えっと……やっぱりガンバ!』
『ははは。そうだと思った。健太はリーダーっぽいからな』
『そ、そうかなー? 自分じゃわかんないけど……』
『うん、きっとそうだ。そのうちわかる日が来るさ、きっとね』
(そっか……おじさんも言ってんだっけ……お前はリーダーだ、って)
そんなくすぐったくもほろ苦い記憶が蘇り、隣の純美子にも気づかれないように苦笑する。
そして――開演のブザーは鳴り響いた。





