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第84話 定時連絡という名のお小言 at 1995/6/11

 ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。



『……おい。今置かれているこの状況、お前は正しく理解しているのだろうか、古ノ森健太?』


「よう、時巫女(トキミコ)・セツナ。元気にしてたかい?」



 夕食を済ませて風呂でさっぱりした僕は、机の上に広げたノートと資料を睨んだまま、振動したスマホを取り上げて軽薄な調子で応じた。あいもかわらず不機嫌そうな声がそれに答える。



『はぁ……。いまさらどうこうは言わないが……まったく気楽な奴だ。こっちは頭が痛い……』


「いやいやいや! こっちも絶賛お悩み中だよ。自分だけが苦労してると思ったら大間違いだ」



 思わずひそめた声を極力抑えて荒げる僕。金曜日の部室で、五十嵐君と佐倉君から依頼された『入部するための条件』というのが僕の心をひどく悩ませていたのだ。



 佐倉君から出された『条件』とは、『佐倉君を男らしく変えること』だ。


 常日頃より、自分が『男らしくない』のが佐倉君の悩みらしい。それこそ佐倉君の言ったとおり『男らしさとは、強さやカッコ良さではなく、心と魂だ』というのなら、それこそ気の持ちようじゃないの? と思わないでもなかったのだけれど、どうやらそんなに単純なハナシじゃないらしい。佐倉君の家庭環境にも、学校における周囲の反応にも、問題がありそうだ。



 そして、五十嵐君から出された『条件』とは、『五十嵐君に人間とは何かを教えること』。


 これに至っては、正直ちんぷんかんぷんだ。そのセリフを聞いた瞬間、僕も渋田も、しばらく開いた口が閉じなかったくらいだ。だが、五十嵐君も五十嵐君で、決してふざけているわけでもからかっているわけでもなく、正真正銘大真面目らしいから大いに困ってしまった。



 ただし二人とも『電算論理研究部』に入部するのはしてくれるらしい。それに、二人の出した『条件』が叶うかどうかは別のハナシで、どうかチカラを貸して欲しい、ということだった。


 だからズルく考えれば、前向きに最大限尽力しているフリだけを続けて、結局何もせず、何も変わりませんでしたー、というオチになったところで、きっと二人は文句を言わないだろう。


 けれど、それは僕自身が許さない。


 一度引き受けたからには、やれるだけのことをやれるだけやって、その結果――という形にしなければ気が済まない。誰かを騙すのは嫌だし、自分に嘘をつくのも嫌だ。悩んで悩んで悩み抜いて、ありとあらゆる方法を試して、もう打つ手がないとなった時にはじめてあきらめる。



(……ま、僕の悪いクセだよな。それが原因で、仕事も休まざるを得なくなっちゃったんだし)



『時には、手を抜くことも必要ですよ、古ノ森さん』――そう言って、主治医の植村先生は優しく微笑んだ。実際、あれが救いになったのは確かだ。ああ、休んでもいいんだ――そんな単純でカンタンなことでさえ、あの頃の僕はすっかりわからなくなってしまっていたのだった。



(でも……やりたいことを、やりたいようにやる。それが『リトライ』じゃないのか……?)



 今までの後悔が原因で『リトライ』するハメになったのに、また後悔するんじゃ意味がない。


 なにやら時巫女・セツナはお説教めいた小言をくどくどと並べていたらしいけれど、考えごとに夢中になっていたせいで大半を聴きそびれてしまった。最後にセツナはこう締めくくった。



『……ともかく、だ。これ以上、お前が好き勝手するのであれば、こちらも動かざるを得ない』


「好きにしてくれ。こっちはそれどころじゃないんだって」



 動くも何も。

 毎度ケータイ越しに説教してるだけのクセに……。


 この時の僕は、あまりに悩ましいばかりに、彼女の言葉をあまりに軽く考えていたのかもしれない。そんな僕への警告として、時巫女・セツナはいつか聴いたあのセリフを繰り返した。



『……改めて言っておくぞ、古ノ森健太。君という存在はあまりにちっぽけだ。悠久の時の流れの中においては、君一人の身勝手で自分本位な行動なぞ、ただの『ゆらぎ』――『誤動作(エラー)』にはほど遠い。時間には自己修復力がある。お前ごとき存在の選択一つで、歴史改変なぞは起こり得ない。異物は適切に処理され、平穏な『日常』が戻る。ただそれだけのハナシなのだ』


「……そんな妄言じみたことを信じろと?」



 僕の返答は以前と同じだ。

 だが、彼女が最後に口にしたのは、まったく違うものだった。



『……ふん。ならば、信じざるを得ないようにしてやるまでさ。せいぜい覚悟しておくがいい』




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