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第83話 ただし、条件があるのです at 1995/6/9

 放課後、僕と渋田、五十嵐君と佐倉君の四人が、『電算論理研究部』の部室に集まっていた。



「今日は、時間、大丈夫だったのかい? 五十嵐君、佐倉君」


「ええ。事前に調整しておきましたので、問題ありませんよ」


「……う、うん。大丈夫……です」



 五十嵐君はいつもと同じく、うっすらと微笑んだようなアルカイックスマイルを静かに湛えていたのだけれど、佐倉君は違っていた。五十嵐君とは正反対で、むしろ追い詰められた(ねずみ)のごとく怯えてかすかに震え、居心地悪そうにきょろきょろとあたりを見回している。



「さっそくだけど……聞いてもいいよね? その『入部するための条件』って奴」


「ええ」



 五十嵐君はうなずいたが、その視線は佐倉君の方へと向けられていた。佐倉君と目を合わせて再びうなずく。それに後押しされたように佐倉君はごくりと唾を飲んで真正面から僕を見た。



「あの……うまい言葉が見つからなくって……ちゃんと伝わるか不安なんだけど……あの……」


「大丈夫。自分なりの言葉でいいから、話してみてくれないか?」



 僕は隣の渋田と目を合わせ、うなずきあってから改めて佐倉君に向き直った。



「あの……そのですね……ぼ、僕を……僕を男にして欲しいんですっ! 一人前の男に!!」


「「………………は?」」



 顔中を真っ赤に染めて腹の底からアニメのヒロイン声を絞り出した佐倉君が、カラダの正面で握った拳もそのままにぷるぷる震えている中、僕と渋田は別の意味でフリーズしていた。



(……古ノ森分隊長、古ノ森分隊長、応答どうぞ)


(こちら古ノ森……って、なぜに無線通信風?)


(自分は、とっくに分隊長殿が手を付けていたものと思っておりました! 違ったのですね!)


(だーかーらー! 佐倉君は男の子!)


(あ、アニメとかラノベにありそうなタイトルですね、どうぞ?)


(あるあ――って、どうでもいいわっ! 以上、通信終わりっ!)



 声のボリュームを最大限絞って、渋田とそんなくだらないやりとりをひととおり繰り広げた僕は、何食わぬ顔でまだガッツポーズ風の構えでぷるぷる震えたままの佐倉君に尋ねてみた。



「えっと……ちょっと意味がわからなくって、さ。あの……それ、どういう意味で言ってる?」


「ぼ……僕は、男らしくないんです……! だから……男になりたいんです、男の中の男に!」



 そんな一世一代のセリフを、ドジっ子ヒロインかと聞き間違うほどの高く澄んだかわいらしい声で叫ばれたところで、説得力というか現実味というか、決定的に何かが間違っている気がしてならない。だが、佐倉君の表情と瞳からは、これ以上ないほどの真剣さが伝わってきた。



「さ、佐倉君の条件……というか、気持ちと願いはわかった。でも、なんでそれを僕たちに?」


「そ、そうだよ。だってさ? モリケンと僕、強いわけでもカッコイイわけでもないじゃん?」



 僕と渋田は照れるでも(おご)るでもなく、どちらかというと自然とこみあげてきた自嘲気味の半笑いでそう伝えたのだけれど、佐倉君はきっぱりと首を振って否定してみせた。



「強さや見た目のカッコ良さじゃないんです、男らしさってのは! 心なんです魂なんです!」



 知ってた。

 知ってたけど、改めてダメ出しされるとヘコむ……。


 しっかし……この時代ならまだ仕方ないけれど、未来はジェンダーレスなんだぜ、佐倉君。



「うーん……そうなのかなあ……。僕は、佐倉君は佐倉君らしく生きればいいと思うんだけど」


「こ、困るんですよぅ! 今のままじゃあ! ウチでも学校でもイジられて……ううう……!」


「わ、わかったよ……。どうしたらいいのかまだ混乱してるけど、チカラになると約束するよ」


「ホ、ホントです!? や、やったー!」



 喜びのあまり僕に飛びついて無邪気に笑ってくれるのはいいんだけれど、嫉妬のあまり渋田がナイフとか物騒な物を取り出してきそうで怖い。あと、やわらかくっていい匂いがするぅ。



「おっと。……五十嵐君もあるんだろ? その、条件って奴」


「ええ、もちろん。ただ、僕のは至ってシンプルですよ。僕に人間らしさを学ばせてください」





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