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第78話 その9「好きな子と鎌倉の町を散策しよう」アフター at 1995/5/31

「結局、最後はバタバタになっちゃったね」


「あ、あははは……。いやあ、リーダーとして面目ない……」



 今は帰りの電車の中だ。


 実のところ、僕たちの班は、建長寺で思いのほかゆっくり過ごしてしまったがために、続く宝戒寺(ほうかいじ)、そして最終目的地である旧跡・東勝寺(とうしょうじ)の『腹切りやぐら』は、ほとんど駆け足状態での見学になってしまったのだった。


 宝戒寺は、鎌倉幕府と北条氏の滅亡の鎮魂のために建てられた寺院だ。そして、時の第十四代執権・北条高時が自害した場所こそが、東勝寺の『腹切りやぐら』なのである。『やぐら』というと、火の見(やぐら)や物見櫓を思い浮かべる人が多いだろうが、鎌倉時代の『やぐら』は、それらとはまるきり別物だ。こちらの『やぐら』は横穴式の墳墓もしくは供養堂のことを指す。


 建長寺から宝戒寺までは、徒歩で二十五分かかる。下り道にはなるが、疲れたカラダには長い距離だ。しかも建長寺で余計な体力――その甲斐は十分あったと思うけれど――を使ってしまった。おまけに薄曇りの日照りは蒸すように暑く、歩みを遅くさせるには充分過ぎたのだ。


 結果、宝戒寺はなんとか意地で回り切ったものの、東勝寺跡はほとんど『行っただけ』で残念ながらタイムアップとなってしまった。



『……ここは、心霊スポットとしてもかなり有名なのですよ。ですので、気力・体力ともに弱った今の我々が、無理を推してまで行くべき地ではないかとここに進言します』



 この五十嵐君のセリフがとどめになったのも事実だ。


 宝戒寺で見かけた『徳祟(とくそう)大権現』こそ高時の神号であり、高時は人神なのである。五十嵐君はそこまで言わなかったが、大抵の場合人が神になるケースは、優れた功績を讃えるためか、この世に恨み持つ魂を鎮めるためかのいずれかだ。高時の場合は――言うまでもないだろう。



「でもみんな、今日一日楽しそうだった! よかったね、ケンタ君。お疲れ様」


「ははっ。だったら嬉しいんだけどね――」



 と言いつつ照れ隠しで鼻の頭を掻き、他のメンバーの座っている方を見てみると、さすがに疲れたのか、ロコと佐倉君は五十嵐君の肩にもたれかかって居眠りをしていた。かわいい二人(?)に挟まれ、さぞ五十嵐君はドギマギしていることだろうと思ったのだけれど――正直わからない。眠っているのか起きているのすら定かではなかった。いつものアルカイックスマイルを口元に浮かべ、うっすら目を閉じている。まあ、少なくともリラックスはしていそうだ。



『ふふっ、寝ちゃってるね』



 ――んんん!?

 再び純美子の方へ顔を戻そうと思った矢先、僕の耳元で天使がくすくすと笑いながら囁いた。



『ん……どうしたの、ケンタ君?』



 頬を優しく撫でる甘い吐息に鼓動を速めながらぎこちない仕草でなんとか振り向くと、すぐ間近にある純美子の顔を見つめた。扉の脇に立っている僕たちは、帰宅ラッシュのサラリーマンや学生の人波に押されて、いつも以上に距離が縮まっていた。



「だ、大丈夫。ち、ちょっとびっくりしただけだから……」


「? そうなの?」


「そ、そうなの! だって、突然だったからさ――って、う、わわわわわっ!」



 ぎゅむー!


 不意に車両が傾き、人波が一気に僕の背中めがけて押し寄せてきた。純美子を守るように必死で両手を突っ張り、なんとか押し返そうとする。だが、所詮は中学二年生のカラダと筋力でしかない。徐々に押し潰されていく。


 ふんぬぅううううう!!

 踏ん張れ、男を見せろっ!!



「あ、あたしなら大丈夫だよ? もっとくっついてもいいから、無理しないで……?」


「い、いやいやいやいや! まだイケる……から!」



 今密着するのはマズいんだってばっ!

 超ドキドキしてるのがバレるぅううううう!!






 あ――ぎゅっ。






 本日の収穫。

 それは僕と純美子のドキドキは同じ速さってこと。


 今夜は眠れそうにない……。




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