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第77話 その9「好きな子と鎌倉の町を散策しよう」(10) at 1995/5/31

 建長寺は、鎌倉に建つ臨済宗の寺院の寺格『鎌倉五山』にて第一位にあたるとされる禅宗の寺院だ。開基(かいき)は、鎌倉幕府第五代執権・北条時頼。当時は承久の乱を経て北条氏の権力基盤が安定した頃にあり、京の朝廷のチカラが弱まって鎌倉が日本の中心となっていた時代だった。


 で、僕たちは、というと。



「マ、マジで行くのー? 結構上の方だ、ってさっきのおじさんが言ってたじゃーん?」


「マジだ。っていうか、『さっきのおじさん』じゃなくってお坊さんな」


「ち、ちょっとしたハイキング気分ですね。日焼けしちゃいそうだなぁ……」


「佐倉君まで……! だ、だってさ、天狗だよ!? 天狗!」



 よくわからないところで不覚にもテンションが上がってしまった僕だったりする。



「しかも、言い伝えだと『鼻の高い異人』だった、って言われてるんだよ? つまり、南北朝時代に、鼻の高いヨーロッパ系民族の何者かが日本に渡来していた証拠、ってことなんだよ?」


「ふむ。『天狗伝説』は西洋人の見間違いだった、という説もありますからね。興味深い……」


「はぁ……男の子って変なところに興味持つのよねぇ……」



 ついさっき、お寺のお坊さんより、「建長寺の一番奥にある『半僧坊』をお参りされてはいかがでしょうか?」というお話をいただいたのだ。曰く、『半僧坊』では『半僧坊権現』を奉っており、それがさっきのとおり天狗の姿をしているらしい。家内安全、厄災消除、商運隆昌、安産守護、大漁満足、交通安全などなどさまざまなご利益があって、おまけに社殿近くの富士見台からは、運が良ければ富士山が見えるのだという。もう行かない理由が見当たらない。



「もう足疲れたんですけどぉ……」



 道中、ロコだけはまだしぶとくブツブツ文句を漏らしていたけれど、あとのメンバーは富士山が見えるかも、という期待に胸ふくらませて足を進めていた。


 丹沢の山並みを日々眺めて過ごしている町田っ子にしてみれば、妙にテンションの上がるキーワードが『山』であり、天気がいい日なら団地最上階のベランダからでも富士山が見える立地もあって、山への憧れというか親しみというか、なんとなくの好意的な感情を持っている。実際の話、町田にも富士山信仰で知られる『富士講(ふじこう)』の塚や神社がいくつか残っていたりする。



「ふう……やっと鳥居が見えてきたね、ケンタ君」


「いくつかある鳥居をくぐっていくと石段がある、って言ってたよね。もうすぐかなー?」



 それからさらに鳥居をくぐり、さっきよりはなだらかで段の少ない石段を登っていくと、狛犬(こまいぬ)の石像と手水舎(ちょうずや)がある場所に辿り着いた。



「古ノ森リーダー? 上を見てみてください」


「ん? ……うわあ、凄いね!」



 さらに上に位置する社殿の方を見上げると、手入れの行き届いた斜面にはさまざまなポーズをとった無数の黒く輝く天狗像があった。うーん、中二心をくすぐるなあ! 実際中二だけど。



「ふぅ……ふぅ……もう……ダメ……ギブ……」


「見かけによらず、だらしないなあ、ロコは。体操部だしバレーボールもやってるだろ?」


「うっさいわね……ケンタの……くせに……。あたしだって、若い頃は平気だったってば」


「……ん? 若い頃って……お前、まだ中二だろ?」


「――! う、うっさい!」



 真っ赤に上気した顔を盛大に膨らませてロコはそっぽを向いてしまった。水分はきちんと補給しているみたいだし、ちょっとほっといてやるか。



「見えた! 見えたよ、富士山! ケンタ君、こっちこっち!」



 純美子が手招きする方へ近寄ると、僕の目にも青と白のコントラストが目に鮮やかな富士山の姿が飛び込んできた。薄曇りの天気予報だったけれど、今この瞬間だけは晴れたようだ。



(こんな楽しい一日が過ごせるだなんて……『リトライ』さまさまだな……)



 一緒に組む奴も見つからず、寄せ集めみたいな班でロクに口もきかず、ただ義務的に決められた場所を巡って、書きたくもないレポートを押しつけられたあの頃とはまるで違っていた。



(この『リトライ』になんの意味があるのかわからないけれど、もっと楽しまなくっちゃな)




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