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第536話 ハッピーエンディングは君と at 2021/03/30

(おいおいおい……あいつ、まだ『健康診断』の時の上履きのハナシ、覚えてるのかよ……!)



 さすがに冷や汗が出た。今も俺と目が合うたびに、にやにやしながら誰かの耳元に囁きかけるそぶりをしては、慌てふためく様子を見て楽しんでいるようだ。なんとも性格が悪い。



 しかし、



『……なれるよ、も、桃月さんならきっと』



 あんなこと、言ってくれたのはモリケンだけだよ――そう嘘のない晴れ晴れした笑顔で言われた時にはちょっぴり照れ臭かった。今は、ずっと夢だった小学校の先生をしているそうだ。ただし――本人曰く『今のところ父兄には手を出していない』とのこと。いやはやまったく。



(……ま、あいかわらずのウワサ好きで、こっちも助かったけどさ――)



 おかげで、クラスの連中の『その後』を少しばかり聞くことができた。

 けれど、そこには肝心な『仲間たち』のハナシはなくて――。



「あっ! 古ノ森リーダー! お久しぶりです!」



 ……誰だ、このイケメンは?



「ひどいなぁー! 忘れた、って顔してますよ? 僕です、僕!」



 ぷく、とふくれてみせるのだが、その愛くるしい仕草はすらりと伸びた背丈に不釣り合いだった。そのまま、空いていた隣の席に座ろうとした時に、左足が不自然に引きずられる。



「……ホントに忘れちゃいました? 僕ですよ、佐倉です!」


「え……!? まさか……! か、かえでちゃん!?」


「かえでちゃんはやめてくださいよ、もう!」



 たちまち日焼けした顔が赤く染まる。

 そう言われてよくよく見れば、わずかに面影があった。



「お元気でしたか? 嬉しいなぁ! やっと会えました!」


「見違えたよ……! なんだか、ずいぶんカッコよくなったなぁ。……その足は? 怪我?」


「ああ、これですか――ちょっと、ね?」



 佐倉君はそう言って笑うだけで、それ以上は話してはくれなかった。今はテニスのコーチをしているらしい。早めにコーチングの勉強ができてよかったです――そう言うと、スマホで撮影した写真を見せてくれた。なんでも、今教えている選手がジュニアチャンプなんだそうだ。



「――もうじき、ですね!」


「……ん? 何がだい?」


「何がって――」



 佐倉君は苦笑する。



「――今日はみんな、そのために集まってるんですよ? いまさら逃げようったってダメです」


「………………は? そのため……? 逃げる……? おいおいおい! 何がどうなって――」




 ――キーン!




 突然、マイクのハウリング音が会場中に響きわたり、参加者たちがくすくす笑い出す。マイクを手にした本人――小山田はおどけてぺこぺことお辞儀したかと思うと、俺を指さした。



「おい! モリケン! お待ちかねのヒロインのご登場だぞ! ほら! とっとと来やがれ!」


「お、おい……! これって……!? 俺には何が何だか――」


「いいから! ()()()()()()()()()()()いまさら怖気づいてんじゃねえ! 漢を見せやがれ!」


「……あ! ちょっとちょっと!」



 あっという間に俺はまわりを囲まれ、みんなに押し出されて否応なしに舞台に上がらされた。






 そこに――。






「……もう! 遅いよ……遅すぎるよ、ケンタ君! ずっと……ずっと待ってたんだから!!」


「スミ……ちゃん……!?」






 ――カノジョがいた。






 純白のドレスを身にまとい、あの頃と少しも変わらないキラキラと輝く星を散りばめたような大きくて少し垂れ下がった愛くるしい瞳には、今にも零れ落ちそうな涙があふれていた。



「どこにも行かないって言ったじゃない、嘘つき! あたしを置いてかないって言ったのに!」


「ご、ごめん……な……」



 純美子は手にした豪華なブーケで俺の顔を容赦なく引っ叩く。

 何度も、何度も。泣きながら。



 でも――何も言えなくて。

 どうすることもできなくて。



「ずっと待ってた……待ってたんだ……から……っ! 二十六年も!」


「知ってる……わかってる……本当に……ごめん……」



 恥も外聞もなく頭を抱え、その場に丸く縮こまってうずくまりそうになった瞬間だった。



「――こらぁ! ケンタっ!」




 ――どん!


 と、威勢よく開け放たれた扉の向こうに立っていた、かなりご機嫌らしい女がこう叫んだ。




「今度こそ間違えるん()ないよ! スミの手、絶対、絶っ対放しちゃダメなん()から――!!」




 思わず、




「「……ぷっ」」



 と、僕らの間に漂っていた淀んだ空気は跡形もなく消え去り、そろってふき出してしまった。



「スミちゃん……本当にごめん。もう僕はどこにもいかない。ずっと君のそばにいるから――」



 そうして、俺――いや、僕は、カノジョが振り上げた手を優しくつかみ、引き寄せると、そのまま純美子のカラダを包み込むように抱きしめた。






 二十六年分の――いや、五十二年分の想いを込めて。






「――愛してる。世界中の誰よりも。もう二度とこの手は離さない――」




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