第535話 会いたかった人 at 2021/03/30
「……あれ? もしかして……古ノ森……だよな!?」
結局再びバスに乗ることもできず、そのまま歩いて会場に着いた俺だったが、さみしい受付台に残っていた恰幅の良いオヤジが、俺の姿を見るなり嬉しそうな声をあげて駆け寄ってきた。
「そう……ですけど……?」
「ははっ、俺だよ、俺! 小山田! 小山田徹!」
「え……まさか………………ダッチ?」
「そうだよ、ダチ公! このっ、このっ!」
小山田は照れたようにすっかり禿げ上がった頭までピンクに染め、俺の頭を小脇に抱える。
「まあ、今はしがない不動産屋のオヤジだけどな! 同窓会の幹事……やれって言ってたろ?」
「そう……だったよな。あの時の約束、守ってくれたんだな?」
「はン! 当たり前じゃねぇか? なにしろてめぇはよ――!」
その時、会場のドアが開き、シックなグレーのフォーマルドレスが似合う女性が姿を現した。
「あ! 古ノ森クンじゃなーい! ……こら! また、昔みたいにいじめてたんじゃないの?」
「いっ!? いやいやいや! み、美織っ! こ、これは違うんだって! な? モリケン?」
そうか……いかにも仲の良さそうなふたりのやりとりを見て、僕の顔は自然とほころんだ。
「さっ! みんな、待ってたんだぜ? お前が今日の主役だ。……わかってるよな? な?」
二つの手に、ぱしり、と背中を叩かれた俺は『懐かしき面々』の待つ会場へと歩き出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
(まだ来てない……よな?)
酒を飲まない俺は、貸切状態のホールのなるべく隅っこの方でちびちびペリエを舐めながら、ついさっきまで、俺のスマートフォンに残されていた『メモ』の内容を思い返していた。
(『やりたいことリスト』かぁ……。ずいぶん欲張って書いたけど、ほとんど叶ったよな……)
どうして『リトライ』の記憶が蘇ったのかはわからない。
たしかに『あれ』はこう言っていたはずだ――すべて忘れてしまうのだ、と。
(『未来』が変わった、ということさえも、か……。でも、変えられなかったものもある――)
ついさっき、受付台からの去り際に、ふと、台帳を指さして尋ねた質問に、小山田も横山も――いや、今はふたりとも小山田か――口をそろえてこうこたえたのだから。
『水無月琴世は、もう、いない』と。
「――っ」
きゅっ、と胃が締めつけられるような、唾を飲み込むにも違和感を覚えるような、もう嫌になるほどお馴染みとなった不快さがこみあげてきて、ポケットの中を探って目当てのものを探す――あった。それを無造作に口中に放り込み――。
「……あー! いたいた!」
肌ツヤと服のセンスの良さは他の連中に比べたら格段の差だ。いわゆる男好きする顔。その甘ったるい舌足らずな喋り方はあいかわらずだった。俺は思わず苦笑しつつ、よお、と応じる。
「ねーねー? モリケン? あたしのこと、覚えてる?」
「ははは。そりゃ覚えてるって、桃月。さんざんオモチャにされてたからな。忘れっこないさ」
「じゃーあー?」
突然、桃月が耳元に顔を寄せ、甘い香りが鼻先をくすぐった。
そして――囁く。僕の罪を。
「……ね? まだ覚えてるんだよね、あ・の・こ・と。……時効だし、言っちゃおっかなー?」
「ばっ……馬鹿! やめろ、やめてくれ! そんなのバラされたらシャレじゃ済まないだろ!」





