第526話 ブーステッド・マン、三度(みたび) at 1996/3/30
「……はン、目障りだな、二枚目きどり。……おや? この前の男とは違うようだが――?」
「誰のことを言っているのか知らないけどね――」
おびえる広子を守るように大きく手を広げて行く手をさえぎったのは、室生秀一だ。その手には愛用のテニスラケットがしっかりと握られている。室生が笑い、白い歯が覗いた。
「ロコは僕のカノジョだ。これまでも、これからもずっと……ハッピーエンドがスキなんでね」
「……勝手なことを。今すぐ消えたまえよ」
「そのセリフはそのままお返ししようかな。……僕、ロコを傷つけるヤツには手加減しないよ」
「はっ――やってみせろぉおおおおお!!」
――ざん! ――きゅきゅっ、ぱん!
まるで水面を飛び跳ねるような大月大輔の動きに合わせ、室生は手にしたラケットを今一度握り直し、雪の浮いたアスファルトをしっかりと踏みしめて狙いを定めて鋭く一気に振り抜く。
「くっ!?」「う……!」
よもや当たるとは思ってもいなかった室生だったが、そのあまりの重さに手がしびれてラケットを取り落としそうになった。しかし、効果があるとわかれば戦いようがある。だが、足元に目を向ければ、ジーンズの右腿あたりに、すぱり、とした切り傷が見えて、ぞっ、と震える。
「……どうして当たる? お前も、この前の男と似たような手品を使うのか? なあ、おい?」
「もう一度言うよ。誰のことを言っているのか知らないけれど、ロコは僕の大事なカノジョだ」
くるっ――ぎゅっ――くるっ――ぎゅっ。
愛用のラケットが手の中で踊るように弾み、手になじむ。今なら、誰にも負ける気がしない――そう、あいつにだって。
「ム、ムロ!? ねえ、その足の怪我……ひどい……! 待ってて、今すぐあたしが――!!」
「ロコ。君は行かなきゃダメなんだろ? ツッキーのところに。行くんだ、早く!」
「――だけど!」
「大丈夫だって、ロコ」
室生は広子の手を握ってイキオイよく引き上げると、冷えて冷たくなったすべやかな額にキスをした。
「僕には君がいるからね。僕の愛する勝利の女神さん。第一、こんなところで無様に負けていたら、あいつの『ヒーロー』失格だ。……大丈夫。あとはまかせて。さあ、行くんだ、ロコ!」
そう言って、呆けたようにぽーっとしていたロコの背中を優しく押し出してやる。そのイキオイのまま、駆けていく少女の姿を微笑みながら見届けた。
振り返った室生は、正面を向いてから――。
背後に向けて苦笑まじりの声をかけた。
「ふぅ………………どうして来たんだい、佐倉君?」
「ぼっ――僕だって! スキな人のために戦いたいんですっ! たとえ、その人がもう――!」
「……わかった。それ以上言わなくてもいい。……なら、ダブルスで行こう。前衛を頼めるかな?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――うひ――うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!
「……ったく。風のウワサにゃ聞いてたけどな? マジで来やがるとは思ってなかったぜ……」
「ダッチ!? 気をつけてくれ! アイツは……タツヒコは!!」
「余計な心配すんなって、ダチ公」
小山田は最初の一撃をモロに喰らったせいで欠けた歯を血とともに、ぷっ、と吐き出す。
「陰の『ヒーロー』ってのはな? ぜってぇ負けねえからこそ名乗れる名前なんだぜ? こんな過去の亡霊風情におくれをとってたまるかよ。最近暴れ足りなくってな、都合がいいぜ!!」
――うひ――ダァアアアアアッチィイイイイイ――うひひひひひひひひひいひひひっ!!
「……おう。安心しろ。俺様はここにいるぜ。今度こそ、俺様の手でゆっくり眠らせてやるよ」
ごき、ごきり――指を鳴らしながら、小山田は僕の方へと振り返って告げる。
「さあ行ってこい、モリケン。あの根暗オンナを暗がりから引きずり出してこい。いいな!?」





