第508話 そして、僕らが願うのは at 1996/3/15
「………………だろうと思った。知りたくなかったけどね」
はぁ、と溜息を吐くと、向こう側からか細く震える声が聴こえてきた。
『……すまない。騙すつもりではなかったのだ』
「僕らを不安にさせないため……だろ?」
コトセは僕の問いにこたえなかった。
僕は代わりにこう続ける。
「リトライまでの時間はわかっているし、知っている。だから、きっと戻れるはず。でも……その方法なんて知らない、と言ったら不安にさせるもんな。実にお前らしい気の遣い方だよ」
それでもコトセはすぐにはうなずこうとはせず、しばらく黙ったままだった。
すると、ロコがこう言った。
いつものように困ったようなはにかんだ笑い顔で。
「気にしないで。まあ、ショックって言ったらショックだけど。戻れるのはわかってるからさ」
『……本当にすまない。勝手に巻き込んでおいて』
「いいって言ってるだろ、コトセ――?」
僕は笑う。
ロコも同じ思いなのだろう。僕の目を見つめてうなずいている。
「僕らは、この『リトライ』のおかげで、あの時からずっと悔やんでいたことを『やり直す』ことができたんだ。それぞれの望む未来は違っていても、それはロコも同じだと思う。だろ?」
「うん。そう、そうだわ」
「だからさ、あんまり自分を責めないでくれよ。本当に……本当に楽しかったんだ、この一年」
本当に――本当にいろんなことがあった『中学二年生』だった。
純美子のことをもっともっとスキになっている自分に気がついて。
小山田や吉川、桃月――そして室生。あの頃は勝手に『自分とは違う』と乱暴に線を引き、遠ざけていた仲間たちとわかりあえて。
そして、かけがえのない仲間――『電算論理研究部』の部員たちと出会って、いろんなことにチャレンジして。そのひとつひとつを、みんなでチカラを合わせて乗り越えてきた。
最後に――ロコの想いを知ることができて。
自分のキモチを思い知ることができて。
まだ『馬鹿野郎だな』という想いは消えなかったけれど、なんだ僕と同じだったんだなって。
「……でもさ? これで終わりたくないんだよ、コトセ」
僕はずっと伝えたかった言葉を口にする。
コトセがいなくなってから――ロコとふたりきりの『リトライ者会議』の時に、ずっとふたりで相談していたことだ。ずっと考えに考えまくって、絶対に叶えようね、って約束してきた。もちろん、僕のスマホの中の『やりたいことリスト』にも、当然書かれていることだ。
そのセリフを、僕は、そっ、と手の中のスマホに向けて囁いてやった。
「僕らの未来には、君にもいて欲しいんだよ、コトセ。友だちとして。大切な仲間としてさ?」
『――っ』
「そのためだったら、僕はいくらでも戦ってやる。誰が相手でもね。たとえそれが神とかでも」
向こう側の静寂から、く、と押し殺したようなかすかな呻きが聴こえた――ような気がした。
この終わらない『一年間』の中で、ずっとひとりであらがって、戦ってきた女の子の声。
何度敗北しようとも決して屈せず、何度でも、何度だって立ち上がった小さな戦士の叫び。
その声は、僕とロコならよく知っている。知っていた。
だからこそ、僕は不敵な笑みを浮かべて、最後にこう告げたのだった。
「もう、終わりにしようぜ。終わらせなきゃ。僕が、絶っ対にお前を未来へ連れて帰ってやる」





