第506話 ナッシング・ゴナ・チェンジ at 1996/3/15
「ち――違うぞ!」「ち――違うから!」
とっさに真っ赤な顔でそう叫び、互いの口から飛び出したセリフを耳にして、ふン! と盛大に荒々しい鼻息を吐くところまで怖ろしいほど息ぴったりだった。余計にムカムカしてくる。
「だ、だってな? 僕はこいつに告白して華々しく散ったオトコだぞ? 突き落とされたし!」
『はっは、そうだろうとも。クソナマイキにも二股かけるなんぞ、クソ野郎の所業だからな?』
「う――っ」
……何も言い返せない。
「スミが幸せになれるなら自分はどうだっていい、なんて考えてる大馬鹿野郎よ? まさか!」
『お前が他人様のことを言えた義理か。自分のキモチを素直に伝える、ってのはどこ行った?』
「う――っ」
ロコも言われて、がくり、と膝をつく。
お前もカウンター喰らったか。
『……まあな? 私も鬼ではないし、まっとうな倫理観を持っていると自負しているからな?』
文字どおり、ぐう、とも呻けない哀れでごくごく自業自得な僕らに向けて、コトセは告げた。
『いまさらこの状況で、ふたりで逃げちまえ、とか無責任なことは言わん。むしろ、お互いの恋人を捨ててさらに愚行を重ねようものなら、地の底まで追いかけて、追い詰めてやるともさ』
「そ、それはさすがに……なぁ?」
「う、うん……だよね……」
『だ・ま・れ。できないと踏んだ上で言っている。お前らも検討するんじゃない、馬鹿どもが』
「「……スミマセン」」
まさにコトセの無双状態である。
キレいいなぁ。
そんな呑気なことばかり考えてもいられないので、僕はせき払いをひとつ、こう切り出した。
「あの夜……コトセは僕に言ったよな? あの時の状況から抜け出せたのか? それとも――」
『変わってはいない。何も』
僕のセリフを両断するようにさえぎったところをみると、まだ用心が必要らしい。しかし、くわしくそのワケを聞けないのももどかしい。なんとかして聞き出そうと僕は続けてこう聞いてみる。
「僕らはまだ、君を信じちゃいけないのか?」
『おい。変わっていない、と言ったはずだぞ、古ノ森健太?』
とたんにコトセの声に焦りが滲んだ。
こうなるともう、うかつな発言はできない。参ったな。
『それよりも、だ。……例の絵の件はどうなっている?』
「どうなっているって……知っているんじゃないのか?」
『わからないから聞いている。そういう状況ではなかったのだよ』
「……っ」
コトセとツッキーが分離しているとは考えにくい。なのに、コトセが『わからない』という理由がさっぱりわからなかった。とはいえ、あまり細かいことを掘り出しても意味がない。
「……絞り込んだ数の神社はまわり尽くした。それでもあの時のような気配はまるで感じなかった。なあ、コトセ? 笙さんは運転免許は持ってないみたいだな? 自転車は持ってるか?」
『どちらもないな。……ははぁ、なるほどな。移動手段から対象範囲を絞った、ということか』
「勘がよくて助かる。行ける範囲で、置けるだけのスペースがありそうな神社は探しつくした」
『むう……』
しばらくコトセは思案をめぐらすかのように黙り込んだ。
そして、慎重に、言葉を選ぶようにして、ゆっくりとこう告げる。
『こうなったら直接聞き出すしかないかもしれぬな。琴世ではなく、私のターンで。だが……』
「まずはそこがどこか、どうやって脱出するかが先だね……」
と、そこでロコが目を輝かせた。
「ねぇ? コトセ? あなた今、トランシーバー持ってない? 銀色の――缶ペンケースの!」





