第505話 くだらなくてしようもない at 1996/3/15
『……はぁ。お前たち、いい加減にしろっ!! 阿呆どもがっ!!』
さすがの驚きの事態を前に、一旦の停戦協定に渋々同意した僕らに向けて、なつかしくも、冷徹で厳しい檄が飛ぶ。うっ――と、僕とロコ、ふたりそろって思わず首をすくめたくらいだ。
「だ――だって、こいつ――!」
『だってもへちまもあるか!!』
「き――聞いてよ、コトセ! この馬鹿――!」
『馬鹿は貴様も同じだろうが! 鏡を見ろ、鏡を!!』
そして、続けざまに僕らの口から飛び出した言い訳を苦もなく撃墜してみせたのは、まぎれもなくあの時巫女・セツナ――コトセだった。二の句が継げなくなった僕らにコトセは言った。
『………………で? 他に言うことはないのか、馬鹿ども? ん?』
言われて、僕とロコは控えめに視線を合わせた。
仲直り、とはいかなかったけれど、少なくともクールダウンはできた気がする。
「無事……だったんだな。よかった……!」
『そうカンタンに消えてたまるか』
「今までどうしてたのよ? 心配したんだから!」
『それ以上に看過できないこんなもめごとが起きなければ、もう少しゆっくりできたかもな?』
前置きもなく、ざ、ざ――と雑音が混じり、僕らは思わず、ひやっ、とする。が、それは身じろぎしたコトセから発せられたきぬ擦れの音だったようだ。なんだか声もこもって聴こえる。
「今、どこにいるんだ?」
ざ、ざ――コトセはまわりを見回したようだった。
少し間が空いてから返事が届く。
『それがな……困ったことに、私にもまったく見当がつかんのだよ。琴世の記憶を探ってみたのだが、不思議なことにヒントのかけらすら見つからない有様でな。こんなことははじめてだ』
ざ、ざ――また音がひとしきりして、コトセは続けた。
『……真っ暗だ。手探りで調べてみたが、妙に狭い。部屋だと思っていたのだが、予想以上に狭い空間なのだろうか。足の踏み場もないようで、思うように移動ができないが……痛っ!』
「おいおいおい……無理するなって。ライトは? 灯りのたぐいは持ってないのか?」
「ちょ――ねぇ? 大丈夫? 真っ暗な中で動いたら、危ないかもしれないよ?」
待ちきれなかったのだろう。横からロコが割り込んできて僕のスマートフォンに向けて話しかけた。さっきまで喧嘩してたとはいえ、どけ、とも言えず、なんとなく肩を寄せて話続ける。
『痛たたた……あー、ちょっとつまづいただけだ。が、仕方ない、お前の言うとおり無理に動くのはやめておこう。何が置いてあるのか、何が落ちているかもわからんのだからな……っと』
少なくともさっきまで自分のいた場所は安全だろう。コトセは観念して座り込んだようだ。
『ふぅ……ともかくだ。今はまずその、お前たちのくだらなくてしようもない痴話げんかを止めるとしよう。そもそもの原因はなんだ? ……あー、いい、いい。聞かなくても察しはつく』
僕は再燃した怒りに開きかけた口を仕方なく閉じる。隣を見ると、まったく同じ顔をしているロコと目が合ってしまった。行き場のなくなった怒りを、ふン、と吐き出しそっぽを向いた。
『まだわかってないようだから、この際きちんと言っておくぞ? お前たちはな? 同じような感情と、同じような願いと未練を抱いたからこそ、そろって「リトライ」するはめになった』
「そ、そんなこと、どうしてわかるのよ?」
『プロの勘、だ』
「勘なのかよ……つまり、僕らはお似合いの、似た者同士、そう言いたいのか?」
『そのとおり』
コトセはあっさり肯定すると、皮肉まじりにこう揶揄した。
にやにや笑いが目に浮かぶようだ。
『互いの幸せを願って、相手のためなら自らを犠牲にすることも厭わない、ココロの奥に相手を「スキだ」という想いを隠してな? なんだ、お前たちこそ理想のカップルなのじゃないかね?』





