第504話 そう、僕が願ったのは at 1996/3/15
「お前……」
一瞬、耳を疑った。
「まさか、僕が幸せになっていなかったから……だから『リトライ』を望んだっていうのか!」
そんな――馬鹿なことって。
自分の幸せのためじゃなく、僕を幸せにするためにこんな――。
その時、ふ、と脳裏をよぎったのは。
『――このロコ様が一緒にいる限り、ケンタの物語はいつもハッピーエンドなんだからねっ!』
あの夕暮れに見た、まぶしいくらいの少女の無邪気な笑顔。
困ったような、少し照れたような、はにかんだ微笑み。
(馬鹿……かよ……っ)
もう、感情が、抑えきれなかった。
見る間に顔が歪み、視界はぼやけて滲んだ。
(こいつ、自分だって不幸せのどん底にいるってのに、こんな馬鹿野郎の物語をハッピーエンドにするため、それだけのために……こんな……っ! 畜生、それなのに僕ってヤツは……!)
すっ、と思いきり息を吸い込み、
「くっそぉおおおおおおおおおお!! あぁあああああああああああ!!」
僕は息の続く限り、肺からすっかり空気がなくなってしまうまで思いきり叫んでいた。
「僕だってな! こんな僕だって、どうしても叶えたい願いがあるんだ! あったんだよ!」
黙ったままのロコに思いのたけを容赦なくぶつけた。
「お前を――ロコをどうしても幸せにしてやりたいって! それが僕の『やりたいことリスト』のナンバーゼロだ! それが叶わなかったなら、この『リトライ』なんてなんの意味もない!」
「……ふン、なにそれ? プロポーズでもしてるつもりなの!?」
「ああ! そうだよ! くそっ! なんとでも言え!」
「馬っ鹿みたい!」
僕は、再び殴りかかろうとするロコの手をギリギリのところで交わし、つかみ、握りしめた。もちろん、黙って素直におとなしく従うロコじゃない。めちゃめちゃに手足を動かし暴れ回る。
「はっ! 自分が幸せになることより、他人の幸せを叶えようとするロコよりは何倍もマシだね! そのために、大事な一年間の『リトライ』を無駄にしてまで! よっぽど馬鹿野郎だ!」
「余計なお世話よ! それに、他人じゃない! ケンタでしょ!?」
「それを世間一般では『他人』って言うんだよ、馬鹿っ!」
「あー! もうあったま来た! 馬鹿馬鹿って何度も言うな、馬鹿ケンタ!」
ぱし、ぱし、ぱしん――!
ロコは僕の手をチカラまかせに振り払うと、交互に両手を、最後に頬をひっぱたいてきた。
「あたしにとって――あたしにとってケンタは、あたし以上だったんだもん! はじめてスキになった男の子……そう、あたしは、古ノ森健太が大好きだった! 大事な王子様だったの!」
「痛ってえな! くそっ! そっちこそ、告白でもしてるつもりかよ!?」
「そうよ! そうっ! なんとでも言えばいいでしょ!?」
ぐ――僕たちは、互いが互いの手をつかみ、まるで真剣試合の武士のつばぜり合いのごとく、交差した腕をはさんで激しくにらみ合った。そして――どん――相手を思いきり弾き飛ばす。
「こンの――卑怯で臆病で、逃げてばっかりの偽善者オトコッ!」
「うっせ――お節介焼きで偉そうに師匠ヅラする暴力オンナッ!」
――ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
依然拮抗するにらみ合いをいともたやすくうち崩したのは、意外な音とメッセージだった。
――『非通知設定』。





