第495話 男たちのバンカー(6) at 1996/3/1
『過去あなたの行動:パー→失敗』
僕は、この世界では僕にしか見えない未来のアイテム――スマートフォンを手に、スクリーンに浮かび上がった文字を見つめたきり、驚きのあまり硬直してしまっていた。
「……お、おい! モ――モリケン! てめぇ、大丈夫かよ!?」
「え? ……ああ、う、うん。だ、大丈夫……だと思う」
小山田の心配げな声に、なんとかそう口にした僕は、それでもスクリーンから目を放せない。
(待て待て待て! 待ってくれ! 僕の過去にこんなシーンなんてなかった! ないはずだ!)
なのに――選択肢とその結果が表示されているのだ。
どう考えてもこれはおかしい。
(パーを出すと失敗……い、いや、待てよ? どうして『負け』とか『敗北』じゃないんだ?)
その、どちらでもない『失敗』のひと言が妙に気になる。
(ええとええと……パーを出したらダメ、ってことなんだな? 本当だな? 頼むぞ、おい!)
そんな焦燥感に、スマホがこたえてくれるはずもなく。
(パーを出すとダメ、パーを出すとダメ……負けるってことか? つまり……相手はチョキ?)
ぐるぐると思考が空回りして、まわりの喧騒が遠く、小さくなっていく。
焦れば焦るほど、考えが思うようにまとまらない。
「最初はグーからですよー!」
「お、おい! モリケン! 構えろ!」
異変を感じ取ったのか、慌てる小山田の声が遠くに響く。
(ど――どうする?)
僕の視界に映るすべてが、ゆっくりと、超スローモーションで動いていく。
若い口上売りの右手が高々と突き上げられた。
そして彼の間延びした声が頭にこだまする。
『そぉーれぇーでぇーはぁーまぁーいぃーりぃーまぁーしょぉーおぉー!』
ヤバいヤバいヤバい!
今すぐ構えろ、古ノ森健太っ!
なんとしてでも、この三戦目、負けるワケにはいかな――!
『さぁーいぃーょぉーはぁーぐぅーうぅー!』
構えてぇえええええ!
パーはダメパーはダメパーはダメ――!
『じゃぁーんぅーけぇーんぅーぽぉーおぉーんぅー!』
長い沈黙。
映りの悪いテレビの映像のように、ふたつの手のあるべき場所だけが、激しいノイズに包まれていてはっきりと見えない――ザ――ザ、ザ――やがて、揺らぐ映像が徐々に元の姿へと。
僕――グーに対し――。
口上売りの手は――パー。
僕の――負けだ。
「さぁさ! 勇敢な少年たちの大健闘にぃー! みなさま盛大なる拍手をお願いしまーっす!」





