第476話 ホワイト・サイレント・ナイト(1) at 1996/2/18
「あの子……ヒロコにとって、お前はなんなんだ? 僕の大事な人にとって一体君は……?」
薄い笑みを貼りつけた、薄紫色で血の気の感じられない唇が平坦に告げる。
白い少年だった。
何もかもが白い。
ぴったりと素肌に張りついたようなロングスリーブシャツもジーンズも白い。その寒々とした衣服の上に羽織られているのは、あまりにも場違いな印象のする純白のスタンドカラージャケット。袖口からは手術医のそれに似たゴム質の独特の光沢とぬめりのある手指が覗いている。
なにより異常性を感じさせたのは、そのいずれもがこの雪中行に不釣り合いな軽装だということだった。
「そして、だ――」
長く伸びた毛先を隠すような白い毛糸のウォッチキャップを引き下げながら彼は続ける。
「どうして僕の名を知っているんだ? 僕は知らない。……まあ、元々興味もないんだけどな」
「僕が知っているのは、君の名前だけだ。ロコから聞いたから」
「ロコ……? ああ、僕のヒロコのことをそう呼んでいるのか」
「『僕の』って……」
「……何かおかしいかな?」
白い少年――大月大輔は僕のつぶやきに即座に反応して不快そうに鼻を鳴らすと、その鼻を高々と上げながら、右へ、左へ、とゆっくりと首を振りつつ、蔑みの目で僕を見降ろす。
「聞き間違いじゃあないよな? 最近音が聞き取りにくくてね。その分、見る方は得意なんだ」
たしか――タツヒコも似たようなことを言っていたはずだ。
タツヒコの場合は、嗅覚が研ぎ澄まされ、視覚が弱体化していたように記憶している。
「ここからでも、ヒロコの表情がよく見えるよ。しかしだ……どうしてヒロコは怖がっているんだい? まさかとは思うが……君が何かしたワケじゃないだろうな? もしそうならば――」
「ロコは……君を恐れているんだ」
そのセリフは思ったような効果を示さなかった。大月大輔はさもつまらなさそうに僕を見、そして優しく微笑むように目を細めてヒロコの表情をしばし見つめる。それから告げた。
「なぜヒロコが僕を恐れる必要があるというんだ? 僕はヒロコを誰よりも大事に思っているというのに」
「お前……自分で……気づいてないのか?」
「何をだ?」
「き、君は! 大月大輔は! まだ上ノ原広子と出会ってすらいないんだぞ!? なのに――」
――く、く、く。
大月大輔は狼狽し切った僕のセリフを遮るように、細くて白いカラダを折るようにして笑う。
「だったらなんだ? もしも――もしもこの僕が、この世で一番大切で愛しいヒロコとまだ出会っていないからなんだというんだ? それが、僕のこの想いの妨げになるとでも? 馬鹿な」
大月大輔は、こみあげる感情に身を任せるように、両手を高く掲げて全身で天を仰ぎ見た。
「僕はね、声を聴いたのさ! あれは言っていた――カノジョ――ヒロコこそ、この僕の生涯の伴侶となるにふさわしい女性なのだと! 病めるときも、健やかなるときも、共に永遠に!」
「あれ……だと……? 神託が下ったとでも言いたいのか?」
「ははっ! あれが神だろうが悪魔だろうがどうでもいい――」
ざっ――。
浮かべていた笑みを消し去り、大月大輔は一歩前に踏み出した。
「――僕の想いをヒロコに届けなければ。そうしなければヒロコは幸せになることができない。なぜなら、この僕ほどヒロコを愛しいと、大切だと、そう思っている人間はいないのだから」
「そ、そんなの、お前の一方的で、身勝手な押しつけだろっ!」
「僕の愛で包み込めば、ヒロコも僕をきっと愛するようになる。息を吸うように、乾いた喉を潤すように、その身の傷を癒すように僕の愛を受ければいい。それだけをただひたすらに――」
目の前に、ぱかり、と浮かんだ薄紫色の三日月のような笑みを見て、ケンタは総毛立つ。





