第475話 ああ、雪め、待ちかねたぞ、雪 at 1996/2/18
「お邪魔しました。これもご縁です。探し物が見つかりますようおチカラをお貸しく――ん?」
「……どうしたのよ、ケンタ?」
それは咲山地区にある残り四社のうちの二社目を探索した後のことだった。僕はとっさに振り返り、背後に広がる一面雪に覆われてしまった純白の世界に目をこらした。
――誰も、いない。
そのはずなのだが、妙に胸騒ぎがする。
誰かにすぐ近くから、じっとり、と見つめられているような息苦しい感覚。今になって思えば、これに似た不快な感覚を、僕は最初の一社目からすでに感じていたことに気づかされた。
「……いいや、なんでもない。たぶん、気のせいだ」
「ふーん? 変なの。じゃあ……お貸しください、っと。ほら、次行こう」
「あ、うん。そうしよう」
一方のロコはまるで気づいていないようだ。というか、僕のこの感覚も、単なる思い過ごしだという可能性はゼロじゃない。本当に何もないのかもしれない。本当に――何も。
僕らは次の目的地に向けて歩き出した。手元に広げた地図で、大まかな場所と方角だけを確認する。積もった雪は、周囲の音以外の音を吸収して、まるで世界に僕らだけしかいないかのように錯覚させる。さくり――さくり。聴こえる音は、僕の足音とロコの足音。他には――。
「わわっ!? 急にとまんないでよ、馬鹿ケンタ!」
「……しっ! 静かに――」
今、たしかに僕らの足音よりひとつ多い足音が聴こえた気がしたのだ。
ぎゅむり、と片栗粉を押し固めたような軋みの音。それほど近くからではない。だが、決して遠くはない場所だ。
「おい、ロコ。冷静に聞いてくれ。僕の勘と予想だけど――ヤツが来ているかもしれない」
「ヤツって……え!? まさか――」
「大きな声を出すな。まあ、いまさら小声で話そうが、全部見られてて、聞かれてるんだと思う。そして――今、ロコに抱きついて、口を塞いだところも。たぶん――怒っているんだろう」
僕の立てた仮説を手短に説明する。
ロコは目を白黒させて、僕の手を乱暴に引き剥がした。
「はぁ!? 何よ、それ?」
「おおかた『僕のロコに触るな』とかだろうさ。もう名前くらいは知っているのかもしれない」
「嘘……冗談でしょ……!?」
「だったら……いいんだけど……。走れるか、ロコ? ヤツがいるかどうかはっきりさせたい」
「……やるわよ。やればいいんでしょ!?」
「よし! ……今だ、走れ!」
ざっ――!
僕も走り出す――フリだけをしてその場に立ち止まった。
ざざっ――!
くそ! やっぱり来ていたのか!
あらかじめ立ち止まるつもりだった僕のようには急に止まれなかったらしい。それまで降り積もった雪の一部だったモノが、もぞり、と動き出してロコのあとを追う。それから、立ち止まって待ち構えている僕にいまさら気づいたかのように、ざん、とためらいもなく身を投げた。
「隠れても無駄だ! 僕の目には君の居場所が見えていたからね! 出て来いよ、大月大輔!」
僕は知らずのうちに用心して身構えながら、彼の姿が消えたあたりの雪だまりめがけて叫んだ。あのタツヒコの例もある。万にひとつ、彼にもまた、何かしらの『人知を超えたチカラ』が備わっていないとも限らない。
やがて、僕の記憶とはかなりズレた場所の雪が動いた。
「……お前は誰だ? なぜ僕の名前を知っている?」
そして唖然としたままの僕に向けて、凍えるような冷たい声音でそう告げた。
「あの子……ヒロコにとって、お前はなんなんだ? 僕の大事な人にとって一体君は……?」





