第472話 あ、こりゃ無理だわ at 1996/2/18
「……うん、こりゃダメだな」
一夜明けて。
昨日の約束どおりロコと二人で疑わしき十五社の神社へ直接出向いて調査しようと思っていたのだけれど、どんよりとした空の下は、一面の雪景色だった。なにもかもが白い。
昨日、ロコの家から戻る際にもちらほらしていたのだけれど、まあそこまで降らないし積もらないっしょ、ここ東京だぜ? と高を括っていたのだが、まったく予想が外れてしまった。
「外歩くんだってガチの長靴必要だろうし、そうなると体力的にもしんどいからなぁ……っと」
早速電話台の上に貼りつけられている二年十一組連絡網を眺め――まあ、その前に勝手に指が動いていた――電話をかける。ロコだってそう思っているだろうけど、中止を伝えないとな。
――プルルルルル。
――プルルルルル――がちゃり。
「もしもし……、あ、ロコ? ちょうどよかった。あのさ――?」
『なにがちょうどいいのよ。もう準備済ませて待ってるんだけど?』
マジすか。
「この大雪の日に、さすがに行けるワケないだろうが! 寒いし、長靴は重いし、冷たいし!」
『あ。じゃあ、やめるの?』
「いや、だって、選択肢ないじゃんか。外見てみなよ。出歩いてる人なんていないでしょうが」
『郵便配達と宅配ならさっき来たけど。もう降り止んだみたいだし、近場ならいけそうだよ?』
「そんなに行きたいのかよ……」
『そっ――そういうワケじゃない、けど……』
ロコは急に慌てたような声音でそう言ってから、急にトーンを落としてぼそぼそ囁いた。
『ほ、ほら? ケンタに、またアイツが現れるかも、って言われてから、人の多いところいくの、ほんのちょっぴりだけ……ニガテ、なんだよ。で、でもさ? こんな日だったら、誰かが後をつけてきてもすぐわかるじゃん? 真っ白だし、出歩いてる人なんてモノ好きだけだしさ』
アイツ――大月大輔。
一周目の人生で、ロコが恋に落ちた一年歳上の頼れるイケメンのセンパイ。二人は誰もが羨むカップルになって、結婚して子どもを授かって、いつまでも幸せな毎日を送るはずだった。
だが、彼には裏の顔があった。ロコのお腹の子が流産というカタチで世を去ると、それは一気に露呈した。束縛と暴力。嫉妬と偏愛。元々素地があったのかそうでないかは、今となってはもうわからない。ただ、ひとつだけあきらかなことは、ロコは自由を失った、ということだ。
(もうそんな未来なんて、もうロコが悲しむだけの未来なんて、まっぴらだ……そんなの……)
はぁ……と僕は芝居じみた盛大な溜息をつくと、受話器に向けてこう告げることにする。
「ったく……昔からそうだよな、ロコって。雪が降ると、犬より先に庭中駆けずり回ってさー」
『は、はぁ!? そんなことないしっ!』
「仕方ない。愛犬を散歩させてやるつもりで行くか……木曽根と咲山あたりで、ひぃふぅみぃ」
『ワンコじゃないって言ってるでしょ、もう!』
「計七ヶ所か。まあこれだけまわればかなり進むな。ロコも満足するだろ? ちっちできるし」
『ししししないわよ、馬鹿っ! 変態っ! 死ねっ!』
重苦しい暗いフンイキより、こっちのロコの方がいい。うんうん、とうなずきながら、ふと後ろを振り返ると――お袋が今の会話を聞いていたらしく、目をむいて、ぎょっ、としている。
僕は何もみなかったフリをして向き直ると、電話の向こうにこう告げた。
「ま、まあともかくだ。散歩だけだぞ? 雪合戦とかそういうのは、僕もうやらないからな?」
『べ、別に頼んでなんかいないんだけど………………ありがと』
「ん? なんか言った?」
『いいい言ってないわよ! じゃあ早く来なさいよ! ダッシュで! 今すぐ! 切るわよ!』
「ば、馬鹿! ちょっと待て――」
ぷつり、と通話は一方的に終了した。
「はぁ……あいつ、絶対なんも考えてないな……。しかたない、僕が準備していくか……」





