第47話 いつになったら始動する? at 1995/5/1
やけに長かったように感じた四月も終わり、いよいよ新緑も目に鮮やかな五月。
そして新しい週のはじまり、月曜日の朝だ。
「おはよう、モリケン」
「おっす、シブチン」
今日と明日が終われば、全国民が待望のゴールデン・ウィークだ。
しかし、なんとも贅沢な悩みではあるけれど、『リトライ』中の僕にとっては、学校が休みで家にいなきゃならないとなるとそれはそれは退屈で、ただただヒマでつまらないのである。
まあ、考えようによっては、世間様が海へ山へ、果ては海外へとこぞって繰り出す天下の大連休にまでのこのこ出社して、終わりの見えないプログラム作業をしていたあの頃に比べたら、だらだら過ごして何もしなくても怒られない今の身分の方が、はるかに健全で健康的であろう。
早くも連休ムードで表情がゆるみ気味の渋田が、ふとこう尋ねてきた。
「そういえば『電算論理研究部』って、いつから始動するの? まだ部室も見てないんだけど」
「おっと、さすがにシブチンでも気づいたか。いや、な? 荻島センセイにも催促しているんだけど、もう少し待ってくれ、の一点張りで、僕だってまだ、部室も顧問もわからないんだよ」
「それ、マジ?」
「うん。大マジ」
ウケるー! とばかりに揃って大笑いしてみたものの、じきその表情は絶望の色に染まった。
「部室もない! 顧問もいない! 活動内容もわからない! で、どうやって勧誘するのさ!」
「……どうしようもないな」
今度は揃って、深々と溜息をつく。
その様子が気になったのか、隣の純美子が声をかけた。
「もー! せっかくのゴールデン・ウィーク前だってのに、男子二人でジメついた溜息なんてつかないの! ……で? 一体なんのお悩みなのかなー?」
「かくかくしかじか」
「……え、えっと。ホントにそう言う人、はじめて見たんだけど……通じるわけないでしょ!」
だもんで、今までの経緯をかいつまんで話して聞かせた。すると、純美子は眉をしかめた。
「うーん……でも、荻島センセイからの連絡を待たないとどうにもならないよね? それにしても『電算論理研究部』って言ってたけど、コ、コンピューター? だったっけ? それとかどうやって準備する気なの? それ、すっごく高いんでしょ?」
「学校側で準備できそうになければ、僕のを家から持ってくるつもりだよ」
「えええ!? あの『PC―9801UX』を!?」
たちまち渋田は弾かれたような叫びを上げたが、純美子の方はその重大さに気づいていない。
「だ、大丈夫なの、モリケン! 総額五~六〇万はするシロモノだよ!?」
「そ、それ、ホントなの!?」
「っていっても、叔父さんから譲り受けた中古のコンピューターだからね。いいんだ」
二人は知る由もないだろうが、この冬、一九九五年の十一月になれば、ユーザー待望のマイクロソフト『Windows95』の日本語版が発売されることになる。そしてその『Windows95』の登場とともに、インターネット接続によるネットワーク機能の活用が加速度的に広まり、一般に浸透していくことになるのだった。
それを前提に考えれば、まだまだ十分に使い出はあるものの、何かしら最悪のケースが起こって『PC―9801UX』を失うことになっても僕の未来には支障はない、と考えたのだ。それより最悪なのは、せっかく仮承認された『電算論理研究部』が立ち消えてしまうことだ。
恥を忍んで正直に打ち明けると、僕の『リトライ』の活動拠点として渋田の家をいつまでも利用させてもらうのは心苦しかったので、学校内にもある程度自由が利く拠点が欲しかった、はじめはその程度のきっかけだったのだ。だからあまり積極的に活動する気なんてなかった。
けれど、荻島センセイや校長先生、そして何より渋田が乗り気になってくれている今は、少しでも早く『電算論理研究部』を軌道に乗せ、秋の文化祭で成果を残したいと考えていた。
(荻島センセイ、五月になるまでは待ってくれ、って言ってたけど……大丈夫なのか?)
とりあえず、今日のLHRが終わったら、荻島センセイを掴まえて聞いてみるとしよう。





