第428話 追跡者(3) at 1996/1/12
「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
ずっと――ずっと走っている。
なのに、その距離は離れるどころか縮まっている気さえした。
「く……そ……っ! どうして……こんなことに……っ! まさか……あの人が……!?」
否――これは単なる偶然にすぎない。
そもそも、あの人とアイツに接点はないはずだ。
あってたまるものか。
そもそも、そこまでして僕を排除しようとする理由が、その動機が、あの人にはないからだ。
水無月笙――ツッキーのパパ。
笙パパは、あくまで僕の身を案じて忠告してくれたに過ぎない。笙パパは、僕にはわからない笙パパだけの望みと願いがあって、それを成就させるためには一切の邪魔が入らないようにする必要があるのだと言っていた。だからこその危機察知スキルであり、あくまでついでだ。
けれど――けれど。
「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
アイツの再登場は、誰がどう考えてもあり得ないことだった。もう舞台からは降りたはずだったのに。すべての役から外されて、二度と顔を見ることはない、そうなったはずだったのに。
「はぁ……! く……そ……っ! アイツはどうやって僕を正確に追ってきてるんだ……!?」
路線バスに乗るというアイディアは真っ先に崩された。もしも仮にタイミングよくバスがやってきたとしても、追いつかれて乗り込まれてしまったら、もう僕に逃げ場はない。あまりにもリスクが高い。それに、他の乗客にまで被害が及ぶ可能性だってゼロではないのだ。
――うひ――ひひひっ!!
陽が落ちた暗い道のいずこからか、獣じみた、まるで獲物を追うハイエナのような叫び声が聴こえた。僕は、ごくり、と唾を飲み、わずかに走る速度を落として周囲を用心深く見回す。見える限りの範囲には――いないと思う。確信なんてできない。何も信じられないのだから。
――うひっ――こぉーのぉーもぉーりぃー!!
「どこだ! なぜ僕を追ってくる!? お前の目的は――!!」
――なにもかもぉーおまえのぉーせいだからなぁー!!
「逆恨みもたいがいにしろよ! 自業自得だろ!!」
――おまえのよぉーすべてをぉーめちゃくちゃにしてやるぜぇー!!
「くそ……っ! やるなら正面から来い! 僕ひとりでじゅうぶんだろ!!」
――おまえのぉーたいせつなものぉーすべてだぜぇー!! うひ――うひひひひひっ!
視界の隅の薄暗がりから影が走り、別の暗闇へと移動した。徐々に、だんだんと僕のいる方へと近づいてくる。ここではあまりにも不利だ。暗くて、相手の顔どころか動きが見えない。
(もしかして――ロコの時と同じなのか?)
僕は再び走り出した。
そして考えるのだ。
(僕の未来を、元のどうしようもないものへ戻すために、アイツは送り込まれたんじゃ――?)
僕の背中に向けて、狂気に満ちた愉悦の嘲弄が、こだまのように浴びせられる。
――うひ――うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!





