第427話 追跡者(2) at 1996/1/12
「……よくないなぁ。君はまだ、中学二年生だ。こんな時間に繁華街をうろついていたら――」
一瞬、彼の穏やかな表情が、まったく別の一面を見せたと思ったのだが――。
それは気のせいだったのだろう。
僕の不安と焦りと驚きが、彼の温和そうな人懐っこい笑顔によからぬ魔法をかけたのだろう。
「あ……い、いえいえいえ! こ、こんなところで出会うなんて。奇遇ですね、水無月笙さん」
「ツッキーパパ、でいいよ。そんな堅苦しい呼び名だと――距離を感じてしまうから。だろ?」
ごくフツーの、なにげない会話。
だがなぜか僕の背筋にはひと筋の汗が、嫌になるほどゆっくりと、ゆるゆる伝い降りていた。
「何をしていたんだい? 誰か――そう、誰かを探しているみたいに見えたけれど?」
「あ、そ、そうなんです。ちょっと知り合いによく似た人がいたような気がして」
「それで………………人波をかきわけて?」
「い――急いでいたので! あ、慌てすぎですよね、反省してます。あはは……」
――視られていた!?
しかし僕は、その驚愕を必死に押し殺して、死に物狂いで平静を装った。
「ともかくだ――」
にこり、と笑ってみせるが。
その瞳の奥は、決して笑っているようには思えなかった。
「ちょっと二人でお茶でもしないか、古ノ森君? 『電算研』のリーダー、古ノ森健太君?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そこは、はじめて入る喫茶店だった。
元々、JR横浜線『町田駅』――そう、かつて『原町田駅』と呼ばれていた駅の周辺は歴史の古い建物も多く、住民たちもその当時から長い年月そこで暮らしてきた者が多い。そのせいもあってか、細くて入り組んだ道が多くて、都市開発はもっぱら小田急線『町田駅』を中心として行われてきたこともあってか、この街に長く住んでいる者でも不案内でよく知らない、という声を聞くこともあった。
僕も例外ではなく、県境を流れる境川沿いのサイクリングロードをたまに利用したり、駅裏のレンタルショップに行ったことがある程度だった。
「さて……何がいい、古ノ森健太君? コーヒーは……おっと、未成年には刺激が強いね」
ぺらり、ぺらり、と古びた赤い革張りの表紙のメニューをめくりながら、笙パパは言う。
だが、その眼はメニューには微塵も向けられていなかった。
「そうだね、オレンジジュースがいいかな? そして……それを飲んだら、すぐ帰りたまえ」
「――!?」
「……おや? 不思議そうな顔をしているね?」
にこり――しかしもう僕には、それは『笑顔』だとすら認識できなかった。
「けれど、僕だって用心しているのさ。これは……これだけは……誰にも邪魔させるわけにはいかないからね。誰かに気づかれてしまっては意味がない。願いは届かない。だから――!!」
すう――たった一息でこみあげる感情をねじ伏せた笙パパは、穏やかな微笑みを浮かべる。
「君が何を考えているのか僕にはわからない。……けどね? 君は琴ちゃんの味方なんだろ? だったら、邪魔だけはしないで欲しいんだ。もう僕には耐えられなくてね……失いたくない」
「ツッキーを、ですか?」
「そう。けれど、琴ちゃんだけじゃない」
「そうか……そうですよね、ツッキーママも……」
「ははは。……よかった、君でもまだ知らないことがあるんだね。なら……うまくいきそうだ」
――え……!
どういう意味だ!?
「あと、帰るのなら寄り道はせず急いだ方がいい。尾行者が尾行される……よくある話だろ?」





