第422話 残すは三学期のみ at 1996/1/8
「みなさん、休み中はどうでしたか。あっという間に終わった、そんな声も聴こえるようです」
僕らの『リトライ』もまもなく終わりを迎える三学期最初の月曜日。教壇に立った荻島センセイはいくぶんのんびりと告げた。いつもと変わらぬ白衣姿。だが、どこかよれよれしている。
「お休み前にも、センセイ、言いましたよね? 三学期はこれといった学校行事がありません」
荻島センセイはチョークを手に取ると、かつ、かつ、と感触を確かめるように書いていく。
「恒例の試験も、三学期は期末のみとなります。ただし、その一回で評価が決まりますからね」
今日の最高気温は十三度。冬休みの間に設置されたらしい石油ストーブが、廊下側の一番前の席から順にうしろにズラすカタチで、どーん、と鎮座していた。しかし、これ一台きりで広い教室をどうにかできるわけもなく。あちこちから、すん、すん、と鼻を鳴らす音がしている。
「……ね、ケンタ君? 窓側、寒いよね……」
「う、うん、ま、窓から冷気が伝わってくるんだよね。しっかり閉めてるのに」
さすがに東京都下、ほぼ神奈川などと揶揄されていても、町田という土地はそこまで寒くはない。しかしだからこそ、窓ガラスも二重サッシなんてシロモノは配備されていないのだった。
あと、当時も謎だったが、どうして教室にかかっているカーテンは、必ずと言っていいほど窓をすべて覆う枚数に満たないのだろう。平等に、均等にわけても絶対に足りない。我が中学は、そこまですさんでなければ、そこまで世紀末でもない。まさか……最初からない、のか?
(でも、毎日スカートの女子よりはマシ、なんだろうなぁ……。でも、タイツ履いてるのか)
ひざ掛けを持参して、授業中にかける、なんて光景も、まだこの当時はめったに見られなかった。モノとしては当然存在していたんだろうけれど、それがまかりとおる風潮ではなかった。
とか考えつつ、隣の純美子の黒い薄手のタイツに包まれたすらりと伸びた足をぼんやり見ていたら、さっ、と隠されてしまった。ついでに――ぺちん。
『……こらっ! え、えっちなケンタ君! あたしの足、じろじろ見ないでってば! もう!』
『痛たたた……。べっ! 別に! 変な意味で見てたんじゃないんだけど……』
『じゃ、じゃあ、どういう意味で見てたの?』
『あ――あったかそうだなぁ、キレイだなぁって……い、いや! ホント! ホントだよ!?』
『むー!』
おかんむりである。
そういえば、この当時はルーズソックス全盛期だったりする。けれど、我が中学では当然のように校則違反となり、見つけ次第没収されていたようだ。皆、こぞってより長いモノを追い求め、最長の物でなんと2メートル50センチのルーズソックスまで販売されていたという。
この地以西に住む若者にとっては『ファッション最先端の地』が町田だ。僕らで言うところの渋谷や原宿のような感覚でやってきて、町を闊歩するファッショニスタたちをお手本とする子たちも多かった。いわゆる『ガングロギャル』も流行だったが、町田ではあまり見かけなかったように思う。どちらも令和の時代に再燃している、というニュースには驚いたものだ。
(でも、僕はああいうの、ちょっとニガテだったなぁ。ファッションってお金かかるし……)
とはいえ僕の、マンガの主人公のようにいつ見ても同じ格好、というのはよろしくない。一応、これでもマメに着替えてるんだけど……同じ洋服ばっかり持ってるから。
てなことを考えつつまたまたぼんやりしていたら、純美子が、きっ、と睨んできた。解せぬ。
「さて、ね――」
いつの間にか、荻島センセイのハナシも終わりのようだ。日直が号令をかけようとするのを制して、荻島センセイはこうセリフをつなげた。
「このクラスで過ごす日々もこの三学期で終わりです。意外と早いですよ、三学期は。何か思い出になることはできましたか? この先も続く絆は生まれましたか? まだの人は、ぜひ何かひとつでいいですから、このクラスでよかったと思えるものを見つけてください。では――」
起立――気をつけ――礼。





