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第409話 えらい、えらい。 at 1995/12/24

「おはよっ! ケンタ君! あ、勝手にキッチン、使わせてもらってますからね!」


「あ………………う、うん、おはよう、スミちゃん」



 クリスマスの朝――。

 僕は予想外の光景に、少しとまどいながらも、その予想外さに見とれてしまっていた。



「はい、そこに座って待っててね」


「あ、あのさ、スミちゃん……」



 純美子は僕の弱々しいセリフをひとさし指一本でさえぎると、にこり、と笑ってみせた。



「昨日の夜のハナシなら、今はパス。今日は一日デートなんでしょ?」


「でも、さ――!」


「あたし、言ったはずだよ? あたしはそれでもケンタ君が『スキ』だって。忘れちゃった?」


「わ、忘れてない、けど……」


「そ・れ・と・も。フラれて……すっかり冷たくなって帰ってきたケンタ君が、まるで赤ちゃんみたいに一晩中ずっと泣きじゃくってたことだけは忘れて欲しい、ってハナシなのカナー?」


「そっ――それは忘れてくださいお願いします……」


「ダーメ! ダーメだよーっ! うふふふっ!」



 なぜかやたらと上機嫌な純美子は、再び朝食づくりに意識を戻したようだ。ここちよいハミングに合わせて、エプロン姿のヒップをリズミカルに振っている姿がとてもかわいらしい。






 ――がちゃり。



 僕は昨日の夜、相応の覚悟を決めて、鍵が開いたままの自分の家へと重いカラダを引きずるようにして帰ったのだった。もうそこには、すでに純美子の姿はない――そう思いこんでいた。



『………………おかえり、ケンタ君』



 だから僕は、驚くのと同時に、ひどくうろたえてしまっていた。


 どうして?

 なぜ?


 そう問いかけたくなるその前に、みるみる僕の瞳から涙があふれ出ていた。



『がんばったね……えらい、えらい』



 そのあとのことはよく覚えていない。


 泣きじゃくる赤子をあやすように、純美子が何度もそう言って、僕の冷え切ったカラダのあちこちをあたたかくてやわらかな手で()でてくれたように思う。そのうち僕は疲れ果てて眠ってしまったようだ。こんな無茶した後だから、風邪でも引くんじゃ……という心配は杞憂(きゆう)だった。朝目覚めた時、不思議とカラダはポカポカとあたたかかった。暖房器具も点けていなかったのに。






 うーむ……と断片的な記憶を寄せ集めていると、とん、と目の前にほかほかと湯気を上げている一皿と一杯が並べられた。ベーコンエッグとバターたっぷりの厚切りトースト、レタスときゅうりのサラダ、そしてホットミルクのようだ。同じように、テーブルの反対側にも、とん。



「あ、あのさ、スミちゃん……」



 小さく、いただきます、と手を合わせている純美子に尋ねる。



「僕さ、そのままベッドで寝ちゃったみたいなんだけど……へ、変なことしなかったよね?」


「へぁっ……? ……あ、あー、ケ、ケンタ君のこと? ケンタ君は何もしなかったよー?」


「そっか……ご、ごめんね、いろいろと」


「ううん! おかげでいい夢が見れたし」


「へ? いい夢?」


「ち、違っ……! こ、こっちのハナシ、ですっ!」



 なぜか熟したトマトが見劣りするくらい真っ赤になっている純美子は、やけにぷくーとふくれたまま僕の方を見ようともせず、目の前の朝食と格闘しはじめた。なぜだ。謎すぎる……。



「それにしても……すっかり積もっちゃったなぁ。これじゃ、出かけるっていっても……」


「別にスミは、ケンタ君のおうちでデートでも全然いいんだけど」


「って言っても、特におもしろいものなんてないよ?」



 困り果ててそうこたえると、純美子は恥ずかしそうにしながらもにこりと微笑む。



「そう? ただ一緒にいるだけで、それだけであたしはステキだなぁって思えるんだけど?」




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