第408話 ……サイッテーだ at 1995/12/24
――どすん。
二階にあるロコの家のベランダから、雪の積もった芝生の上に僕のカラダは放り出された。
「……っ」
不思議と痛みはない。
雪か、例の『ルール』のおかげだろう。
「いってぇ……」
でも僕は、次々と舞い落ちる羽毛のごとき雪片を見上げたまま、ひとりつぶやいた。
痛い、と感じているのは、僕のココロだ。
視界が徐々にぼやけて滲みはじめる。
ああ、ちくしょう。
なんて僕は馬鹿で、こんな――。
見えていなかった。
何も。
『………………変わらないものだってあるよ。だからあたしは、こうすることに決めたんだ』
だからあの時、球技大会の前日の夜。
ロコはそう言ったんだ。
ロコの言うとおりだった。
何もかも。
僕は――古ノ森健太というこのどうしようもない『俺』は、あの同窓会で再会するまで、一度たりともロコのことを思い出したりなんてしなかった。だから驚いたのだ。その姿に。その変わり様に。その――昔と少しも変わらない、困ったような笑い顔に。驚いてしまったのだ。
『あたしも助けられちゃったからさ。ケンタがいてくれて本当によかった。……ありがとね』
どこかでロコの支えになれていたのだったら――そう思う反面、自分自身のひとり勝手な人生が嫌になる。河東純美子との恋人関係が突如として消え去り、失意のどん底にいた俺は、自分のことしか考えていなかった。それで精いっぱいだったのだ。それで――満足していたのだ。
まわりを見るココロの余裕なんてなかった。
これっぽっちも。
『じゃあ……ケンタにとって酷な、嫌なハナシをしてあげるよ――』
あのロコのセリフに、俺は不思議と怒りも嫌悪感も湧かなかった。
それは、見事なまでの正論だったからでもあるけれど、たぶんロコは――ロコならこう思ったのだ。自分が悪者になれば、俺を傷つけなくても済む、と。だから、わざと鋭利な言葉を俺に向けて、嫌な女、打算的な女を演じようとしたのだ。少しの痛みで済ませようと。
なのに――。
『で も 、 変 わ ら な か っ た じ ゃ ん !』
言わせてしまった。
ずっと隠しとおすつもりだった言葉を。
「……サイッテーだな、俺――」
そうだった、俺も『スキ』だったんだよ――くらいの、まだイケるんじゃないか的なうぬぼれがココロのどこかにあったのかもしれない。いやいや、そんなつもりはなかったと思うけれど、深層心理的に潜んでいたのかもしれない、そう思うと我が事ながらぞっとする。モテ期でも来たつもりで浮かれていたんじゃないか。馬鹿だ。サイッテーだ。最悪だ。吐き気がする。
「さて……と。それじゃあ、クリスマスイブの一晩で、二人の女の子にフラれるとするか――」
俺――僕はのろのろと上半身を起こし、カラダの上に積もった雪を払いのけて立ち上がった。





