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第362話 ダメじゃない、けど。 at 1995/12/1

「で……話って、何?」



 ロコがやってきたのは一〇分後のことだった。


 十二月に入ったということもあって、昼間の気温は12℃、夜ともなれば6~7℃まで冷え込む。しゃかしゃかこすれる音のする黒い、厚手のウインドブレーカーに身を包んだロコは、少し猫背になって斜に構えながら僕らに向けてそう言った。


 部活でオーダーした物なのかその背中には、派手なショッキングピンクとゴールドでバレエのアッサンブレに似た優雅なジャンプを決めるダンサーのシルエットと、西中体操部を意味する筆記体の英字が躍っていた。



「別にそんなに身構えないでくれよ。ずっと話ができなかったからさ。どうしてるかな、って」


「……それだけなの?」


「ダメだった、かな?」


「………………ダメじゃない、けど」



 夜の公園は、静かで、水銀灯のほの青白い光が僕らを照らしている。


 このメンツがそろったのなら、残り半年を過ぎた『リトライ』に関するハナシをしたいところだけれど――さすがに団地群のど真ん中にある公共の場では少々気後れしてしまう。だから僕は、本当に、ただ単純に、ひさしぶりにロコとハナシをしようと決めていたのだった。



「なあ、ロコ?」



 そこで、しばらく黙っていたコトセが口を開いた。



「私たちにできることがあればな? なんでも言ってくれよ? お前のチカラになりたいのだ」


「……」




 ロコはコトセのセリフを聞くと、むっつりと黙り込んで視線を乾いた地面に落とした。




 やがてロコはこう答える。




「……ありがと。でも、特にない。困ってることなんて、何も」


「よくないウワサが広まっているぞ?」


「……信じたければ信じればいいだけだし、嘘だと思ったら信じなければいいだけ。でしょ?」


「そう言ってもだな……ああまで言われて嫌ではないのか? 誹謗中傷にも限度があるだろ?」


「だって……仕方ないじゃんか」



 そのロコのセリフはあまりに意外なものだった。思わず問いかけていたコトセは声を失い、僕と目を合わせ、いぶかしむように肩をすくめてみせた。


 どういう意味だ?

 少しは事実も含まれている?


 何を馬鹿なことを。


 ロコは僕らの当惑をよそに、言葉をつないだ。



「あれで気が済むんなら、あれで放っておいてくれるんなら、いくらでも、なんとでも言えばいいじゃんか。もうあたし、そんな無駄なことに大切で貴重な時間を使っていられないからさ」


「ロコ、お前……」


「もうあたし、決めたんだ。だから、決めたことをひたすらやり通すしかないんだ。だからさ」


「もしかして……ロコにはウワサの出元、犯人がわかってるんだな?」


「……」




 ロコは僕の質問を聞くと、再びむっつりと表情を失くし、視線を乾いた地面に落とした。


 やがて答えたロコのセリフは、僕とコトセをまたもや驚かせた。




「もしあたしが知っていたとしても、ケンタたちには教えないから。……余計なことしないで」


「そうは言っても、だな――!」


「余計なことを、しないで」


「……っ」



 思わず語気荒くあらがってみせたコトセを言い含めるように、ロコは同じフレーズをゆっくりと繰り返した。そのまっすぐでブレない瞳がコトセの次のセリフをかき消してしまう。ガラにもなく、コトセは弱々しい笑みを浮かべて僕を見た。なんとかしてくれ、そう言っている。




 でも。

 僕にだって、できないことくらい、ある。いくらでも。




「……わかった。もう聞かないよ、ロコ」


「お、おい、ケンタ……!」



 ロコはうなずき、僕らを残して振り返ることもなく家へと帰っていったのだった。




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