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第359話 傍若無人なお嬢様の御来訪 at 1995/11/30

(しゅう)クン、いるかしら? ちょっと用がありますの」



 ――間違いない。


 正面から実物こそ見たことはなかったけれど、そのお高くとまったようなハイトーンの高慢ちきな口調には聞き覚えがあった。あの人こそが、体操部の元・副部長、境屋(さかいや)典子(のりこ)センパイだ。



 顎先で毛先を揃えた少し栗色がかったワンレングスボブがサマになっている、ハーフっぽい顔立ちの美人――だったが、以前のロコに対するムカつく発言の記憶もあってか、どうしても僕は『でこっぱちエセお嬢様』と呼びたくて仕方なかった。いいよな? 許されるよな?



「ん……? あ、(のり)ちゃん! どうしたの、急に?」


「あ、あのね、秀クン? お兄様にこれを渡して欲しくって……。め、迷惑だったかしら?」




 ……おや?




 室生のやけに砕けた口調といい、境屋センパイの妙にふにゃりとしたとろけた声といい、なんだか様子がおかしい。『お兄様』か――たしか室生には、二歳上の兄・優太(ゆうた)さんがいたはずだ。小学校の頃、ロコや室生と遊ぶ時に、数回ほど一緒に遊んでくれたかすかな記憶がある。



「オッケー。渡せばいいんだね? (ゆう)(にい)もそれでわかる?」



 そう言いながら室生は、必要以上に接触時間の長い『でこっぱちエセお嬢様』の手からそれを受け取り、目の前に掲げて眺めた。あれは――クッキーか? かわいらしくデコってある。



「ウ、ウチの姉が焼いたんですって。あ! もちろん、しゅ、秀クンもお食べになってね?」


「へー! ……なんか悪いなぁ。ごめんね、毎回毎回典ちゃんにこんなことさせちゃってさ」


「きっ! 気になさることはなくってよ! あ、あたしも好きで焼いて――あ、姉が、ね?」


「やったー! 俺、これ大好きなんだよねー!」


「そ、そう? それは、よ、よかったですわ!」



 すっかり上機嫌だ。



(しっかし……対人最強の超絶『人たらし』スキル持ちの室生のクセに、案外鈍いんだな……)



 さすがにこの僕でもすぐに気づいてしまった。

『でこっぱちエセお嬢様』こと境屋典子センパイは、室生のことが好きなのだ。



 恐らくこの会話のカンジからすると、互いの年上の兄姉がとりわけ親密な仲なのか、もう付き合っているかなにかしているのだろう。で、その弟妹である二人もかなり前からひんぱんに会う機会の多い仲なのだろう。それは二人が互いを呼ぶ親しげな呼び名からも伝わってくる。



『典子、あなたは感情的になりすぎてる。きっとそれは――ううん、それは言わずにおくわね』



 あの時、女子更衣室で盗み聴いた会話でも、元・部長である大河内聡美センパイが、激昂する境屋センパイをたしなめるようにそう言っていたはずだ。あれはこういう意味だったのだ。どうりでロコも、境屋センパイに対してはやけに攻撃的で反抗的だったわけだ。



「……ふん」


「……っ!」



 その『でこっぱちエセお嬢様』のゆるみきった目元が、室生の後方の席から刺すように鋭く見つめているロコの視線をとらえ、本来の勝ち気な性格をあらわすかのようにきりりととがった。



「じゃ、じゃあ、よろしく頼むわね、秀クン。ありがとう」


「うん! 典ちゃんも。(たま)(ねえ)によろしく言っといてね!」



 最後にロコに向けてトドメのもうひと睨みだけ利かせると、『でこっぱちエセお嬢様』は悠々と教室を出て行こうとする。




 だが、僕は見逃さなかった。




(あ……っ!)




 最後の最後、二年十一組の教室を出るその瞬間、カノジョの瞳が桃月の方へ向けられたのを。




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