第358話 ミスティカル・メソドロジカル・シンキング at 1995/11/30
(だったとして――)
僕は昨日からずっとそのことについて考えていた。
(もしそうだったとして、カノジョひとりだけが被写体になることを意識して撮った理由……)
撮影者が、気心のしれた相手だったら?
たとえば、仲のいい友だち、付き合ってるカレシ。
なら、油断もするだろうし、ポーズのひとつくらいとっていてもおかしくはない。
それが、どういう意図で使われようとしている写真なのかを知らなければ、だが。
(けれど、脅しの材料にするといったって、大量に焼き増しして校内中にバラまく、とかか?)
インターネットのないこの時代では、やるにしてもコストがかかるし、あまりに不効率だ。掲示板に貼りつけてさらすという方法――当然、リアルの掲示板のハナシだけど――もあるが、すべてのクラスにこっそり忍び込んで貼るわけにもいかないし、一番目立つであろう職員室前の掲示板に貼り付けるのは、人目も多いしリスクは最上級だ。あまり良い手だとは思えない。
(脅しとして、抑止力として誇示できれば目的は達成する? 実際にバラまくつもりはない?)
その可能性は高い。
けれど、実際にこうして僕らが入手した物のように、生徒たちの間で流通してしまっているこの状況は、その仮説とあきらかに矛盾してしまっている。
(そして……体操部員の中で、ロコだけがこの中にいない理由――)
もっとも可能性が高いのは、校内に広まるウワサどおり、まさにロコこそが盗撮犯なのであり、体操部を恐喝している人物だという推察だ。だがこれは、とてもじゃないが信じられない。
ずばり、メリットがないのだ。
よく考えて欲しい。もしも仮にロコが盗撮犯で恐喝犯だったとして、恐怖と圧力とで体操部の部長、支配者の座を得たところでなんのメリットがあるというのだろうか。今はまだ、推測の域を出ていない犯人探しに自らチェックメイトを仕掛けるようなものだし、ますます部内の居心地が悪くなることは必至だ。みんなから憎まれ、遠巻きにされる部長は魅力的だろうか。
それに、ロコは室生のプロポーズを受け、付き合いはじめた。となれば、別に嫌々体操部に在籍することにこだわらなくても、日々のアオハルを謳歌することならいくらでも可能だろう。特にロコが『リトライ者』であることを知っている僕だからこそ、余計にそう思えるのだ。
また最初の推理に戻るけれど、今の状態のロコが、女子更衣室の中で怪しい動きをしようものならば、きっとまわりの部員たちはたちまち警戒して怪しむに違いない。
つまり、ココロを許しているようにも見えるカノジョの『一枚』を撮れるはずがないのだ。
(そもそも、なんでこんなことになったんだ……? そうだ、コトセが言ってたっけ)
『原因なら明白だ。室生? とかいうスカした輩とロコが付き合いはじめたからだろうよ』
そう、ロコへのいじめ問題が表面化したのも、出所不明の写真と良からぬウワサが流れはじめたのも、あの球技大会で室生がしでかしてくれた『交際宣言』からだ。
室生には、上級生から下級生までファンが多い。
これは事実だ。
一部の女子生徒にいたっては、ジャニーズ・アイドルの追っかけもかくやという度を越した熱狂ぶりだとも言われている。その中の誰かが、室生の恋人にロコが選ばれたことに腹を立て、ロコの地位を貶める罠をしかけた――これは可能性がありそうだ。実際、女子生徒たちの間でのロコの評判はガタ落ちだ。狂信的で過激なファンであればあるほど、そのためならば一切手段は選ばないだろう。
けれど。
それがなぜ、盗撮写真とそれを利用した体操部への脅迫とつながっていくのかがわからない。
(そうなると……どう考えても体操部の部員の中に、今回の件の犯人がいることになるな……)
さてどうするか――と考えていた矢先だった。
教室の前のドアからどこかで聞いた声が――いや、正確には盗み聞いたことがある声がしたのだ。
「――室生クン? 秀クン、いるかしら? ちょっと用がありますの」