第35話 ヒミツの健康診断 at 1995/4/20
とはいえ、ですよ?
「ごめん! 本当にごめんね! 手伝ってくれる予定の先生が急に都合悪くなっちゃって――」
「………………はぁ」
僕の目の前でしきりにペコペコと頭を下げているのは、養護教諭であり保健室のセンセイでもある鈴白友梨香女史である。歳は三〇代後半だろうか、ゆるいパーマのかかったセミロングの毛先が、白衣の中の真っ赤なニットに包まれたボリュームあるふくらみの上で揺れている。
「い、いや。大丈夫……なんですかね? 一応、僕、男子なんですけど?」
「だって、他に手の空いてる先生いないし……。それにだよ? そこのカーテンに隠れた机に座って、私が読み上げた数字を記入していくだけでいいんだから。誰にも見えないし、大丈夫」
「うーん……」
要するにこうだ。
十一組・十二組合同の男子の健康診断が終わり、さて教室に戻ろうか、というところで僕は引き留められた。続けて女子の健康診断なのだが、急に人手が足りなくなってしまったのだという。もちろん保健委員には女子もいるのだが、彼女たちは診断される側だ。なので、どうせ女子が戻ってくるまではヒマであろう男子であり保健委員であるこの僕に手伝え、というのだ。
古き良き時代って奴なのか……?
倫理的にアウトだと思うんだけど……。
まだ中学生だし、って考えは甘いと思うんだよなあ。ついでにいえば僕、中身四〇歳だし。
「ただし! 健康診断が終わるまでは絶っ対に喋っちゃダメだからね? もしバレたら――!」
「それだから、やだなあー、って思ってるんですけど……」
「あ! 来た来た! はい、順番に入ってきてねー!」
「ちょ――! う、うわぁあああああ!」
しゃっ!!
間一髪のタイミングで指定の机目がけて飛び込み、遮光カーテンをぴっちり閉めた。寸前に喉から飛び出た叫び声はできるかぎり控え目に抑えたので、きっとバレていないはず……だ。っていうか、鈴白センセイ、あいかわらずマイペースで自分勝手すぎる。拒否権なしじゃん。
(うひぃいいい、入ってきちゃったよ……。こうなったら最後までやり遂げるしかない……!)
さっきまでどちらかといえば殺伐とした臭いが漂っていた保健室は、たちまち甘いような爽涼とした匂いで満たされていた。同じ『ニオイ』でも漢字まで違ってくる気がするのは不思議。
(ま、まあ、アレだ。特別なにかない限り、記入項目は、身長・座高・体重・視力くらいだし)
一応、聴診器を当てたり、事前に記入した問診票などを使って、脊椎の湾曲やら皮膚病などの諸疾患も調べているらしいのだけれど、さっき自分でも受けたかぎりではその四項目だけだ。他の少し特殊なもの――歯科検診やら心電図やら尿・寄生虫検査などは個別に別日程で実施だそうだ。
「……ね? また大きくなった? いいなー?」
「……なってないってば! こんなん邪魔なだけだし!」
ヒソヒソと声がする。このうすっぺらなカーテンのすぐ向こうから聴こえてきて心臓が跳ねた。見る間に落ち着きをなくした僕は、もう一度、自分を守ってくれるカーテンに囲まれた白く小さな世界を見回すと――うぉいっ! このカーテン、床まで届いてないじゃんかよっ!!
「……ね? ね? 誰かいない? この中?」
ドキーン!
うわおいやめろ馬鹿!
カーテン開けたらコロス!
ついでに僕も死ぬけど!
「あー……あははは! そこ、お手伝いの人がいるだけよー? 邪魔しないであげてねー?」
鈴白センセイは、かろうじてそれらしきセリフを口に出して、ごまかした。
「さて、と。じゃあ出席番号順に計っていくからねー。視力・身長・体重・座高・胸囲の順に」
なん……だと……!?
胸囲ってつまり、バストってことッスよね?
完全にアウトじゃん! ハメられたあああ!
「はい、じゃあ出席番号21番の浅倉裕美さんから始めるねー。あ、もう上脱いじゃおっか」