第344話 スパイ大作戦(1) at 1995/11/22
(お、おいおいおい! 本気でやる気なのか、ハカセ!?)
(なにをいまさら、という奴ですよ、古ノ森リーダー。もう手筈は整っておりますから)
さて、我が母校、西町田中学校には、密会や密談に適した場所があまり多くない。
校舎裏は教職員用の駐車場となっていてそもそも立ち入り禁止だし、一般的に体育館裏と呼べる場所に関しては、家庭科室や音楽室のある特殊教室棟と体育館と、本棟から体育館へと続く渡り廊下に囲まれて陽当たりの悪いじめじめした中庭のようになっている。屋外プールはフェンス際で、もうすぐ横が歩道だし、屋上は立ち入りできないように施錠されていた。
となると――。
(自由に出入りできる場所で、体操部のみなさんが普段使う場所は、ここしかありませんから)
(た、確かにそうだろうけど……この下、女子更衣室なんだよ、ハカセ!?)
(……なにか問題が?)
大アリだよ! と叫びたいところを必死でこらえる僕。体育館の舞台両袖から二階へと上がる階段があり、その右側の上にあるのが部活用で使用されている女子更衣室だ。そう、渋田の部屋の窓から丸見えな『例のアレ』である。
そして、その逆、左側の階段を上がったところにあるのが『放送室』で、そこから舞台上に吊り下げられている照明の点検用のキャットウォークに出ることができる。もちろんここは普段は施錠されているのだけれど、なぜかそのドアの鍵を一瞬で五十嵐君は開錠してみせた。
(あ……あのさ? さっきの鍵、どうやって開けたの? 合鍵を持ってる――とか?)
(ああ、あれですか)
五十嵐君は何やら手元で作業に没頭しているらしかったが、ついでのごとく囁き返す。
(あのタイプ、プッシュ式ドアノブは、上履きかなにかで、こう……斜め上から適切な角度で叩くとですね――)
(えええ! そんなんで開いちゃうのかよ!?)
うわあああ。えらいことを聞いてしまった!
……一応、後学のためにあとで試してみよう。うん。
(そろそろ来る頃合いでしょう。コードを伸ばして放送室まで撤退しますよ、古ノ森リーダー)
(り、了解)
ゆらゆらと揺れるキャットウォークを先に渡り終えた僕のうしろから、ゆっくりと慎重な足取りで、五十嵐君が後ろ歩きで戻ってくる。仕掛けた小型マイクロフォンの位置がズレてしまわないように、コードに少したるみを持たせた状態ですのこ状になった床に這わせているのだ。
(床にスキマがありますから、多少見栄えはよくありませんが……なんとかなるでしょう)
(う、うん。おつかれ。は、早く中に入って――)
真っ暗で足元の見えない五十嵐君に手を貸して、放送室の中へと引っ張り込む。そうして点検用のドアを閉めたところで、ようやく、ふう、と息をついた。しかし、五十嵐君は休む間もなく放送室から体育館のフロアを見下ろせる窓のそばへと張り付いて様子をうかがっている。
(な、なにしてるの、ハカセ!)
「……仕掛けたまでは上々ですが、ここには来なかった、ではお話しにならないでしょう? あと、もう声を潜めなくても、大声を出さなければ気づかれることはないと思いますよ?」
「そ、そっか」
放送室なので、ある程度防音効果があるってことらしい。ずっと声量を抑えていたから、少し声が変になっている気がする。何度か軽く咳払いをしていると、五十嵐君が姿勢を低くした。
「おっと。来たようですね――」
「!?」
急いで五十嵐君の隣まで駆け寄って窓の縁から顔を出そうとしたところで――ぐいっ――五十嵐君の手が伸びてきて押さえつけられてしまった。チカラがゆるんだところで見てみると。
(ロコだ……それと、三年生らしき人たちが三人も……)
互いに会話はない。
どう考えても楽しい話題ではなさそうなフンイキだ。





