第325話 球技大会・三日目(11) at 1995/11/10
「塾の帰、商店街でたむろしていた卒業生にからまれているところを助けてくれたから!」
「ゲーセンでカツアゲされそうな時に、忠中のヤンキーたちから助けてくれたじゃんか!」
「タツヒコが暴れ出していろんな物が飛んできたところを盾になって守ってくれたよね?」
なんとも情けないハナシだけれど、次々と声を上げるクラスメイトの大半は、僕の記憶の中にある顔と名前が一致しない生徒たちだった。見覚えがあるような気がするが、名前までは出てこない。しかし小山田は、一人たりとも名前を間違えることなく迷うことなく呼んでみせた。
けれど小山田は、目の前の光景がまるで夢か幻でもあるかのように、ただうろたえている。
「お、おい、てめぇら……そ、そんなのは、本当にたまたま、偶然のハナシであってよぅ――」
僕はすっかり観念して、やれやれ、と肩をすくめるよりない。
「たまたまでも、偶然でもさ? ダッチが彼らを守ってあげたことには変わりがないし、あそこにいるみんながダッチに対して、本当に感謝してるってことに少しも変わりはないんだよ」
「つ、つってもだな……」
「なんとなく、偶然助ける羽目になった程度の奴なら、ひとりひとりの名前なんてきっちり覚えてないんじゃないかな? 制服脱いで私服になったら、ちゃんと覚えてなけりゃ無理だって」
「そ、そりゃあ……守る、って一度男が決めたんだしよぉ……顔と名前くれぇは……」
まだぐずぐずと小山田は言い訳めいたセリフを並べ立てる。
そこに、いらだちを隠そうともせずにツッコミを入れたのは荒山だった。
「この野郎、まーだぐじぐじ言ってやがる! お前がカラダを張って守ってやった奴から礼言われてるんだぞ!? 胸張ってこたえてやれよ! こいつらだって、今、命張ってんだぞ!?」
最後のひとことで、小山田は、はっ、と顔を上げた。
そうだ――。
彼らだって、小山田に吹きつける逆風をはねのけようと、臆病で、ともすれば引っ込んでしまいそうなココロを奮い立たせて、かつて自分を救ってくれた、自分を守ってくれた少年に向けて投げつけられる石つぶてを身代わりとなって受けているのだ。それに気づいたのだ。
なんとかかろうじて立ち上がった彼らの握った拳は震えている。
怖い。
怖くて仕方ない。
今この状態の小山田に味方をしたって、損をするばかりだ。
それでも彼らは、かつて窮地に颯爽と現れたヒーローの姿を忘れることなんてできなかったのだ。
「みんな……くそっ……」
小山田は、ごつごつした拳で目元をぬぐうそぶりをした。涙? いや、違うということにしておいてやろう。それから、もう一度、さっき口にしたセリフを繰り返した。
「なあ、てめぇら? 俺様はどうすればいい? どうすればいいと思う? こんなやり方間違ってる、そんなことはわかってんだ。でも、どうやったらいいのか、わかんなくってよぅ……」
すると、はじめにこたえたのは最初に立ち上がった横山さんだった。
「……小山田君には、もうアイツみたいになって欲しくない。アイツは大嫌い」
「アイツって……もしかして、タツヒコのことか? 俺は……タツヒコみたいだったのか?」
「うん……。あたし、それがすごく嫌だった」
「そ、そっか」
弱気で臆病そうな横山さんだったけれど、そのまなざしはまっすぐ小山田を見つめていた。少しもひるまず、おびえず、ただただまっすぐ小山田の瞳の奥、ココロまでを見つめていた。
「ち――っ。アイツみたいだって言われるのは俺様だって嫌だからな。でもよぅ、やっぱ、どこをどうしたらいいのかわかんねえんだ。暴力はふるわない、言葉づかいも直す、あとは――」
「クラスメイトのみんなと、ちゃんと友だちになる。はじめからやり直すの。できるでしょ?」
「だな、うん。……あのよぅ、よ、横山ちゃん、またわかんなくなったら、教えてくれるか?」
今にも消え入りそうな小山田のセリフに満面の笑みでこたえる横山さんは、その瞬間、誰よりもきれいだった。そのイメージがダブる。
ん?
横山?
――そうか、同窓会の受付にいた!
「もちろんだよ、小山田君! 今度はあたしの番だもん、いつも、いつだって助けてあげる!」
【決勝】 Bグループ 〇2―1 VS 3―1● (3―0)





