第324話 球技大会・三日目(10) at 1995/11/10
「よ、よかったじゃんか」
「……なにがだ?」
僕の言葉に、鋭い眼光でこたえる小山田の目は、少しも楽しそうではなかった。
「どこがいいんだ? おい、言ってみろよ、ナプキン王子?」
「い、いや……あ、あの……」
「俺様に殴り続けられたアイツが、眼窩底骨折で入院したことか? 長い入院生活から戻ってきたと思ったら、逃げるように転校しちまったことかよ? 今までアイツの影に怯えてた連中が、俺様をリーダーだとか持ち上げてすり寄ってきたことか? さんざんいじめて傷つけてきたあの子に、まともに詫びのひとことも言えないまま、罪滅ぼしのつもりで勝手に一生守ってやろうと決めたことか? 本当にココロを許せる友だちなんて片手の数でもあまることかよ?」
しん――。
教室内で、声を発する者は誰一人いなかった。
小山田は自らを嘲笑うような笑みを浮かべてこう続けた。
「俺様は……俺様のまわりにいる連中が楽しく暮らせるだけでよかったんだ……。俺様が誰よりも強くて危険だと思われてりゃあ、俺様のいるクラスの連中に手を出す奴なんていねえ……たったそれだけでよかったのに。俺様は……俺は……みんなを守りたかっただけだったのに」
そう――だったのか。
だから小山田は、負けることが嫌い――いや、負けることができなかったのだ。だからこそ、勝つことに、勝ち続けることに異常なまでの執着心を抱いていたのだ。小山田が負ければ、小山田のまわりにいう誰かが悲しい目に遭う。その恐れと怖さが小山田を突き動かしていたのだ。
――けれど。
そのやり方が間違っていたのだと、小山田自身が気づいたのだろう。しかし、以前の時と同じく、『こんなのダメだ、ってわかってるのに、どうしてもやめられらなかった』のだろう。
小山田は、長い沈黙のあと、僕にすがるような目を向けてたずねた。
「なあ、ナプキン王子? 俺様はどうすればいい? どうすればよかったんだよ? もう、気づいたら、こんなとこまで来ちまった。どうやって戻ればいいのかもわからねえんだ。なあ?」
「こう言ったら、ダッチは怒るのかもしれないけどね――」
僕は、ひとつ息を吸い、そして言う。
「ダッチは、これからもこのクラスのリーダーをやるべきだ」
「どうしてだよ!? てめぇの方がよっぽど――!!」
「あ、あの……あ、あたしも……そ、そう思うんだ……」
唐突に発せられたその声は、あまりにか細くて、あまりに弱々しかった。
そして、そのセリフを必死の思いでようやっと絞り出した女子生徒は、よろよろとふらつきながら立ち上がった――誰だ?――まったく僕の中の記憶にない地味な印象の女の子だった。
「あたし……守ってもらったこと……あるから……」
「お、おい……横山……!」
僕は驚いた。
小山田が迷いもなくその女の子の名前を呼び、それにこたえるように女の子がうなずいたからだ。少なくとも横山さんは、毎日注目を浴びるイケ女グループの中にいるようなメンバーじゃない。この僕に言われたくはないだろうけれど、決して目立つ顔でもないし華々しさもない。
横山さんは、もう一度うなずいて、声を震わせてこう告げる。
「いつも教室のすみっこにいるような根暗なあたしのことを、小山田君はちゃんとわかってて……覚えてくれてて、ちゃんと守ってくれたじゃない! あたしはそれを忘れてないもの!」
すると――それに続くように、ひとり、またひとりと立ち上がる。
そして、声を上げる。
その奇跡のような光景を、小山田は今にも泣き出しそうな表情で、じっ、と見つめていた。





