表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
325/539

第324話 球技大会・三日目(10) at 1995/11/10

「よ、よかったじゃんか」


「……なにがだ?」



 僕の言葉に、鋭い眼光でこたえる小山田の目は、少しも楽しそうではなかった。



「どこがいいんだ? おい、言ってみろよ、ナプキン王子?」


「い、いや……あ、あの……」


「俺様に殴り続けられたアイツが、眼窩底(がんかてい)骨折で入院したことか? 長い入院生活から戻ってきたと思ったら、逃げるように転校しちまったことかよ? 今までアイツの影に怯えてた連中が、俺様をリーダーだとか持ち上げてすり寄ってきたことか? さんざんいじめて傷つけてきたあの子に、まともに詫びのひとことも言えないまま、罪滅ぼしのつもりで勝手に一生守ってやろうと決めたことか? 本当にココロを許せる友だちなんて片手の数でもあまることかよ?」





 しん――。

 教室内で、声を発する者は誰一人いなかった。






 小山田は自らを嘲笑うような笑みを浮かべてこう続けた。



「俺様は……俺様のまわりにいる連中が楽しく暮らせるだけでよかったんだ……。俺様が誰よりも強くて危険だと思われてりゃあ、俺様のいるクラスの連中に手を出す奴なんていねえ……たったそれだけでよかったのに。俺様は……俺は……みんなを守りたかっただけだったのに」




 そう――だったのか。




 だから小山田は、負けることが嫌い――いや、負けることができなかったのだ。だからこそ、勝つことに、勝ち続けることに異常なまでの執着心を抱いていたのだ。小山田が負ければ、小山田のまわりにいう誰かが悲しい目に遭う。その恐れと怖さが小山田を突き動かしていたのだ。



 ――けれど。



 そのやり方が間違っていたのだと、小山田自身が気づいたのだろう。しかし、以前の時と同じく、『こんなのダメだ、ってわかってるのに、どうしてもやめられらなかった』のだろう。


 小山田は、長い沈黙のあと、僕にすがるような目を向けてたずねた。



「なあ、ナプキン王子? 俺様はどうすればいい? どうすればよかったんだよ? もう、気づいたら、こんなとこまで来ちまった。どうやって戻ればいいのかもわからねえんだ。なあ?」


「こう言ったら、ダッチは怒るのかもしれないけどね――」



 僕は、ひとつ息を吸い、そして言う。



「ダッチは、これからもこのクラスのリーダーをやるべきだ」


「どうしてだよ!? てめぇの方がよっぽど――!!」


「あ、あの……あ、あたしも……そ、そう思うんだ……」



 唐突に発せられたその声は、あまりにか細くて、あまりに弱々しかった。


 そして、そのセリフを必死の思いでようやっと絞り出した女子生徒は、よろよろとふらつきながら立ち上がった――誰だ?――まったく僕の中の記憶にない地味な印象の女の子だった。



「あたし……守ってもらったこと……あるから……」


「お、おい……横山……!」



 僕は驚いた。


 小山田が迷いもなくその女の子の名前を呼び、それにこたえるように女の子がうなずいたからだ。少なくとも横山さんは、毎日注目を浴びるイケ女グループの中にいるようなメンバーじゃない。この僕に言われたくはないだろうけれど、決して目立つ顔でもないし華々しさもない。


 横山さんは、もう一度うなずいて、声を震わせてこう告げる。



「いつも教室のすみっこにいるような根暗なあたしのことを、小山田君はちゃんとわかってて……覚えてくれてて、ちゃんと守ってくれたじゃない! あたしはそれを忘れてないもの!」




 すると――それに続くように、ひとり、またひとりと立ち上がる。

 そして、声を上げる。


 その奇跡のような光景を、小山田は今にも泣き出しそうな表情で、じっ、と見つめていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ