第320話 球技大会・三日目(6) at 1995/11/10
「……はぁ? おい! お前、自分で何言ってるのかわかってるんだろうなぁ、ダッチ!?」
「もちろん……わかってるぜ」
吉川を乗せた磯島センセイの愛車が校門を左折して見えなくなった頃、途方に暮れるばかりの僕らの目の前で、小山田は一部のスキもない姿勢で土下座をしながらうなずいたのだった。
「わかってるぜ。どんなにふざけたことを抜かしてるのかもな……」
と、砂まみれになった顔を上げてクソ真面目な顔つきで小山田は続ける。
「……でも、それでもこの俺様はてめぇらにこうやってお願いするしかねぇんだ。どうか頼む、と。俺様にチカラを貸してくれ、と。俺様は、アイツらのためにも勝たなきゃなんねぇんだ!」
「元はといえば、お前が勝負だとかなんだとか言ってたんじゃねえか! それをいまさら――」
野球部の荒山は、見た目どおり熱血漢だ。室生の親友であり、イケメングループのNo.2でもある荒山は、不戦を貫く室生のやり方を尊重して、今まで何度も小山田の横暴を見逃し、耐えてきたのだ。何をいまさら……! と腹を立てるのも無理はない。けれど、室生は室生だ。
「なあ、キヨ。そのへんで勘弁してやろうぜ、な?」
「ムロ……ッ! お前、甘すぎるんだよ! それに……モリケン! お前だってそうだぜ!?」
「え、えええっ!? ぼ、僕ぅ!?」
突然のもらい火に僕は慌てふためく。そこを荒山がたたみかけてきた。
「司令塔だとか言われてのぼせ上ってるのかしれねえけど、お前は敵の手助けしてるんだぞ!? それに……! 佐倉に出て欲しい、って言われて、なんとも思わないのか!? ああ!?」
「の、のぼせちゃいないって。ただ単に、やっておもしろいし、やるなら勝ちたいしってだけさ。それにさ? シュート決めないと最優秀選手になれないとは限らないじゃん? あと――」
僕が視線を送ると、それに応えるように小柄な姿が現れた。佐倉君だ。
「――べ、別に、古ノ森リーダーは勝手にこたえたわけじゃない、ですよ? こ、この僕が、僕自身が出たいって思ったんです。お、お医者さんにはフルタイムはダメ、って言われましたけど……さ、三〇分だけなら仕方ない、って、さっき電話でオッケーもらいましたから……」
「その足を怪我させた奴の代わりに出ろ、って言われてるんだぞ、佐倉!?」
「ひ――っ!!」
荒山の激しい言葉に、佐倉君は身の危険すら感じて逃げ腰になる。
が、それでも歯を食いしばるようにして姿勢を戻すと声の限り叫んだ。
「そ、それでも、です! 僕だって……僕だって漢なんです! 勝ってヒーローになりたい!」
「佐倉君……」
「た――たとえそれが、僕の足を怪我させた相手だからって、そんなの関係ない! 悔しいままでこの一年間を終えるだなんて絶っ対に嫌です! 嫌なんです! 勝ちたいんですよ!!」
「本当に……すまねえ、佐倉……」
「ったく……お人好しばっかだな、お前たちは。はぁーあ、馬鹿らしくなってきちまった……」
小山田は、もう一度深々と頭を下げ、乾いた地面にこすりつける。さすがにそれを目の当たりにして、荒山もあきれ果てたのか言う言葉を失くしたようだった。ふてくされて引っ込む。
代わりに僕はこう尋ねた。
「じゃあ、これだけは聞かせてよ、ダッチ。どうして君は、そんなに勝ちにこだわるんだい?」
「それ……は……」
「カエルのため? もちろんそれもあるんだろうね。でも、そうじゃない。それだけじゃない」
「………………どうしても、言わねえとダメか?」
「うん。……あ、いや、言いにくいんだろうな、ってことはわかってるよ?」
ここだ。
ここなのだ。
この機会を逃したら、きっと僕らは、この小山田徹という少年を理解することはできない。
「……でもさ? それをみんなに知ってもらわないと、そろそろダメなんじゃないかな、って思うんだ。これからチカラを貸す僕らにも、その他のみんなにも。もちろん……君自身にも」
しばらく、小山田は動かなかった。
しかし永遠とも思える時間が過ぎた頃、ようやく小山田のスポーツ刈りがこくりと動いたのだった。