第311話 青白い蝶は夜に舞う at 1995/11/7
「………………」
だぼっとしたグレーのフードですっぽり顔を隠した白いハーフパンツ姿の人影がそこにあった。足元にはハイカットの赤いバスケットシューズ。その厚いゴム底が、僕に所有権があるサッカーボールをしっかりと踏みしめ、確かめるように、ころり、ころり、と転がしている。
「えっと……返してくれないか? それ、僕のだ」
「………………」
はっきりと僕は告げたが、返事はない。
代わりに、引き寄せるようにボールを転がすと、つま先でちょいと跳ね上げ、んっとん、んっとん、と小気味のよいリズムでリフティングしはじめた。右足、左足、腿、かかと――これだけ見ても、かなりうまい。見せつけているようだ。
「なぁ……? どういうつもりかしらないけれど、返してくれ。練習の邪魔しないでくれよ」
「………………っ」
いくぶん口調を強めて僕が言うと、すとん、と足元でボールを止め、それから、くい、くい、と手招きをしてきた。一体なにを……? といぶかしがる僕にもすぐに答えがわかった。
謎のフード姿が――とっ――ボールを蹴り出し、挑発するように走り出したからだ。
「くっ……そ! 盗れるものならやってみろってことか!」
僕はスニーカーの底を、きゅぱっ、と鳴らしてフードの背中めがけて走り出した。公園を一周する淡いパステルカラーの遊歩道は、大きなタイルが不規則に敷き詰められていてドリブルにはもってこいだ。だが、半周するあたりからはタイルが途切れ、細かい砂利敷きになっている。道幅も狭くなる。それでもフード姿のスピードは一向に衰える様子がなかった。
「――んなろっ!」
「………………っ」
なんとか隣まで追いつき肩を当てるが、うまくチカラを受け流されてバランスを崩せない。足元のボールも、まるで吸い付いているかのように絶妙にコントロールされている。そうこうしているうちに遊歩道を一周した僕らは、元いた場所まで戻ってきた。
と、突然、
ぱん――んぱん――とっ。
フード姿は、さっきまで僕が壁当てをやっていた場所までイキオイよくボールを蹴り出し宙に身を躍らせると、返ってきた浮き球を胸で、ふわり、と受け止めて、足元でぴたりと止めた。同時に、フードが風を受けて正体があらわになる。
「お前………………まさか、ロコなのか!?」
「………………」
返事はない。オーバーサイズのパーカーが女の子らしい体形を隠していて、正面から見たその顔は黒く大きなマスクに覆われていた。が、わずかに覗くのは意志の強そうな鋭いまなざし。
ち、ち、ち――。
そしてポニーテールを飾るのは、いつかの夏祭りで見たものと同じ、あの青白く光る蝶。
「その髪飾りに光る仕組みなんてないはずだ。それがロコの『リトライアイテム』なんだろ?」
「………………」
返事はなかった。
僕は溜息をつき、わずかに腰を落として身構える。
「まあいいさ。これだって、僕がサッカー下手だから助けるつもりだったんだよな? だろ?」
――くい、くいっ。
「その仕草、盗ってみろ、ってことか? いいぜ。見せてやるよ。負けないってところをね!」