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第293話 奇跡・ブートレッグ at 1995/10/25

 ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!


(ぐっ………………!!)



 あまりに突然のことだったのだろう。運転手はクラクションを鳴らすどころではなく、いきなり飛び込んできた人影に、本能的な反射でブレーキを踏むのが精一杯だったようだ。



(ヤ、ヤバい……っ! これ………………死ぬ…………っ!?)



 僕のカラダは宙を舞っていた。


 シャッフル――目まぐるしく切り替わる景色の中で、どこか不思議そうな表情で見つめているタツヒコと、ほんの数ミリ秒だけ目が合った。そして――またシャッフル。



 目が回る。

 眼球が振動し続ける。


 もう、天も地も定かではない。



 その時、なぜか僕の脳裏に浮かんでいたのは、大好きなあの子――河東純美子の姿ではなく、どこかおどおどと怯えながらも、好奇心いっぱいのくりりとした瞳で見下ろす三溝さんだった。






 ――いや。






「だ、大丈夫、です? こ、古ノ森君………………?」


「? ? ?」




 それは夢や幻なんかじゃなかった。




 実際に、今この瞬間に、ぬくもりの消えたアスファルトの上に寝転んでいる僕を見下ろしているのは、まごうことなく三溝さんだった。さっきまで魂が抜けたように呆けていた、このどうしようもなく無計画で無軌道な、悪意に満ちたいたずらを企てた、あの三溝さんだったのだ。



(あ………………あれ? どこも………………痛く………………ない………………?)



 寝転がったままの体勢でしばし僕は、自分のカラダのあちこちに触れながら、現在のコンディションをチェックしていた。頭――OK。右手――OK。左手――OK。両足――OK。そうしてあらかたチェックを済ませると、僕はゆっくりと立ち上がってみる。



「え……? 一体どうなってるんだ、これ………………?」


「よ、よかったぁ……もう、心配させないでくださいよね、古ノ森君!」


「あのなぁ! そもそも君があんなことを………………ん? タツヒコは? 運転手の人は?」


「それが、ですね………………」




 一部始終を見届けていた三溝さん(いわ)く、だ。




 ブレーキの利かなくなった自転車に乗ったタツヒコと、制限速度をややオーバーして迫りくる自動車がぶつかるのは時間の問題、もはや確定事項だった。そこに、疾風のごとき速さで割り込んできたのが古ノ森健太――つまり、この僕だ。


 ゼロ地点(グラウンド・ゼロ)にもっとも早く到達したのは、僕だったらしい。


 そして、ライトの灯りにいきなり出現した人影に仰天した運転手は、底につくまでブレーキ・ペダルを一気に踏みこんだ。たちまちあたりにはゴムの焼ける異臭が漂い、肝を冷やすスキール音が鳴り響き、それに続いて、どんっ、という身の毛もよだつ鈍い音が聴こえた。




 が――。

 そのあとの光景が、私にはとても信じられなかったんです、と三溝さんは言った。




「こう――くるん、って。宙に飛び上がった古ノ森君が、まるで体操選手みたいな動きで――」



 フリッパーに弾かれたピンボールのごとく、めちゃくちゃな軌道で回転したかと思うと、何事もなかったかのように、すとん、と立ち、そのあと、ふわり、と倒れ込んだのだ、と言う。



「運転手の人が、それを見て声を掛けたんですけど、古ノ森君、大丈夫、って手を振って。……あー、いえいえ! 声は出してませんでした。でも、まさにそんなカンジでしたよ、うん」


「は、はぁ……? で? 肝心のタツヒコは?」


「それが、ですね――」



 いまだ罪の意識の低いひょろりと背の高い草食獣的カノジョは、にんまりと笑った。



「真っ青な顔して転倒した自転車を起こすと、凄いイキオイで押しながら帰っちゃったんです」




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