第290話 セレンディップのひとりの少女 at 1995/10/25
「ふわ………っ――」
昨日の晩にいろいろと最近サボり気味だった日課を整理して片付けていて、結果的に睡眠時間がかなり減ってしまった僕の耳に、ふと、教室のドアあたりで交わされる会話が飛び込んでくる。
「あの……古ノ森君、って、もう登校してきてますか……?」
「こ、古ノ森ぃ……? あー、モリケンのことか。ええと……もう来てるんじゃないの?」
「――んぐぐっ!?」
くっそ、余計なこと言うなって!
僕はあくびを噛み殺すと、三溝さんの相手をしているクラスメイト(誰だっけ)の隣まで大慌てでダッシュした。たいして仲の良くないそいつはたちまちぎょっとしたが、ここは無視だ。
「あー! さ、三溝さん、だったよね!? ほ、保健委員の件、だったっけ!?」
「違いますよ。ご相談した例の計画に、協力してくれる気になったかどうかを――」
「うわわわわわっ!? ストップ、ストップ! こ、ここじゃマズいって! こ、こっちに!」
どこか、きょとん、とした表情の三溝さんの腕を引っ張り、強引に廊下の端っこの、誰からの目も届かない場所まで連れて行った。ありがたいことに、意外なほど抵抗はされなかった。
「えっと……。どうしたんです? そんなに慌てて?」
「いやいや! 慌てるに決まってるでしょ、突然来て! 考えさせて、って言ったよね!?」
「はい。なので、そろそろどっちにするか決まったかな、って」
「相談されたのって、おとといだよ!? まだ二日しか経ってないんだよ!?」
「正確には一日半くらいじゃないです?」
「あー、そうかもね……って、おいっ! もっと短いじゃん! まだ返事できないからね!?」
「あっ。そうなんですね」
しっかし、かなりのマイペースだなぁ……。
のほほんと喋っているものの、目下の共通する話題は、ひとりの男子生徒をこの世界から抹殺する計画についてなのである。くりりとした栗色のショートカットと、ついキリンとイメージがダブってしまうつぶらな瞳をしたひょろりと背の高い少女は、草食系の穏やかな表情を浮かべたまま、顎先に手を当てて考え込んでいた。
そして充分時間をかけてから、僕にこう言う。
「あの………………。で、古ノ森君、もう決まりました?」
「数分! たった数分しか経ってないからね!?」
「あっ、そうなんですね」
この子、単なる『マイペース』のひとことで片づけていい部類なのかな?
なんだか頭痛までしはじめた僕の耳に、カノジョの囁きが聴こえた。
「じゃあ、仕方ない、か……」
……んんん!?
どういう意味だ?
いやーな予感しかしないんだけど……。
「今……仕方ない、って言ったよね……? それ、どういう意味なのかな?」
「あっ、すみません! き、聞こえちゃいました? ひとりごとのつもりだったんですけど」
「――は良いから、どういう意味なのか教えてくれないかな?」
「えっと――」
三溝さんは、ちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめながら控えめにこう告げたのだった。
「――もう計画は進めちゃってるので、このままひとりでやるしかないな、って」
「うぉういっ!! 進めちゃダメでしょ!? まだ僕の返事待ってる最中だったんだよ!?」
「で、でも、時間が空いちゃうと、忘れちゃいそうだったので。つい」
「つい、じゃないよね!? 無計画にもほどがあるからね!?」
「むう。計画なら、ちゃんと立てましたってば」
「そのとおりに進めないのは、計画って言わないのっ! ……で、何を……したんだよ……?」
「えっとですね――」
そこでなぜか三溝さんは、真っ白なちょっぴり大きい前歯を見せて爽やかに微笑んでみせた。
「タツヒコの自転車に、ちょっと細工をしたんです! ……絶っ対に、ヒ・ミ・ツ、ですよ?」
「いやぁあああああっ! こんのっ、馬鹿娘がぁあああああ! ホントにもぉおおおおおっ!」





