第281話 月夜の邂逅(4) at 1995/10/14
「さて……早速本題に移ろう。現在の現実乖離率はいくつだ、古ノ森健太?」
――そうか!
僕は慌ててジーンズのポケットからスマホを取り出して『DRR』を起動した。
「――!? 変動……してない。この前見た時点と、まったく変わってないぞ?」
「やっぱりそうか……ま、そこまで期待してはいなかったが」
「どういうことなの? 時巫女・セツナ?」
「それはだな――」
水無月さんとまったく同じ姿をした少女は、恐らく水無月さんが生まれて一度たりとも浮かべたことがないだろう狡猾さと邪悪さをほんの少しのスパイスにした皮肉めいた笑顔を見せる。
「いや、その前に、私の呼び方を直してもらうとしようか。私の名は、ミナツキ・コトセ。なにせこの姿ではまぎらわしいからな、そう名乗ることにしている。だから、コトセでいい」
「じ、じゃあなんでわざわざ偽名を――ああ、そういうカラクリか!」
ピンときた僕は声を上げて笑いたてた。
「言葉遊びのつもりだったのか! やっとわかったよ、あのみょうちきりんな名前の意味が!」
「? ……どういうことよ?」
「アナグラム、って聞いたことあるだろ、ロコ」
しばし宙を睨んだロコだったが、自信なさげにうなずいた。
「文字を並べ替えて、別の言葉にする遊びさ。こいつはずっと、本当の名前を名乗ってたんだ」
「いつか気づくだろうか、と思いながら、な」
「な、なるほどね……」
恐らくピンと来てないのだろう。
あとで紙にでも書いて説明してやるとするか。
「さて、ハナシを戻そう。この瞬間に、私たちは見事『リトライ』最長記録を打ち立てたわけだが……『DRR』の現実乖離率を見る限り、完全に危機が去った訳ではないということだ」
「確かにアプリからの通知はなかったな……」
元々ホーム画面にはこの時代へ『リトライ』してしまった影響から機能していないアプリばかりのため、届くプッシュ通知といえば『DRR』のものしかない。
「ということは、いつでもカンタンに本来の『歴史』の流れに戻せる、っていうことなのか?」
「恐らくは、だな」
「え……本来の流れに戻せるって……。ツッキーが死んじゃう可能性は消えたんじゃないの?」
「まだだ。これまでもこういうパターンはあった」
平然とそういい、なにやら考えをめぐらすように、コトセは顎先に手を当ててブツブツとつぶやいている。あのツッキーであればたちまち慌てふためいて、これほどの冷静さは保てないだろう。
「とはいうものの……相手が不治の病なんじゃ、対策を立てようにも限界があるぞ、コトセ?」
すると、あっ、という驚きの表情を浮かべ、コトセはぎこちなく目を反らしはじめた。
「そうだった……そうだったよな……。お前たちは知らなかったのだよな……」
「まだ、何か隠しているのね?」
「そうだ。だが、もう隠しはしない。お前たちにはショッキングだろうがココロして聞くんだ」
――ごくり。
唾を呑む音は、僕のか、ロコのか。
「琴世の死は……あれのカラダが病魔に蝕まれていることとは、直接的なカンケイがないのだよ」
「な、なん……だって……!?」
「で、でも! 白血病を治療する手立ては、まだこの時代には存在していないんでしょう!?」
コトセは珍しく一瞬驚いた表情を浮かべたが、再び渋いものを口にしたような顔をしてこう告げた。
「琴世は……自ら生きる道をあきらめてしまったのだよ。つらく、苦しい無慈悲なこの世界で、な?」





