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第28話 好きになれない。けど、嫌いじゃない。 at 1995/4/17

「ねー、なんで僕、行かないといけないのさー? せっかくだから二人でいけばいいじゃん!」



 メンバーが一人欠け、三人での昼食を済ませた後、教室のすみっこに呼び寄せて今日の放課後の予定を伝えると、渋田は見るからに嫌そうな表情でそう言った。機嫌が悪いあまり、僕へのあてつけのつもりか、わざと大きな声を教室中に響かせる。僕は慌てて(ひそ)め声でたしなめた。



「し、しーっ! 声デカいって……!」



 思わず反射的に純美子がいる席を振り返る僕。幸か不幸か、純美子は読書に集中していた。



「咲都子はお前の隣の席だろ? 河東さんは俺の隣の席だ。席替えがあるまでは、しばらく隣同士で過ごす仲だろ? 弁当も一緒に食べたし、いろんな話もした。もう知らない仲じゃない」


「まだたった一回じゃん……」


「これからも一緒に食べたいと思わないのか? 女子と仲良くなるチャンスじゃないかよ?」


「あのさ――」



 いきなり渋田の空気が変わった。いつも微笑んでいるような明るさは(かげ)り、表情は硬くこわばっている。ぱっちりとした目は一本の糸のごとく細められ、僕を静かに睨みつけていた。



「モリケンはいいよね。最初っから河東さんのことが好きなんだもん。そりゃ毎日一緒にお弁当食べられたらサイコーって感じだよね。でもさ……僕は、野方のことが好きになれないんだ」



 心のうちに秘めた恋心を誰かに聞かれて知られてしまったら――そんな心配をするより先に、僕は自分の身勝手さに気づいて恥ずかしくなった。親友と呼ぶ渋田の気持ちも考えないで。



 確かに僕は未来を知っている。


 どうせいつかはくっつく運命なのだから、知り合うのが多少早くても未来は変わらない――そうやってカンタンに片付けていた。でも、どうだ? 自分だって『もう少し早く純美子と付き合ってさえいれば』――という言い訳を続けて、ここまで来ちまったんじゃないのか?


 だが、一方では現実的な問題もあった。スマホに届いていた『DRR』の通知にはすでに『渋田行徳と野方咲都子が知り合う』という分岐点がカウントされており、現実との乖離率も確定してしまっていた。乖離率は2パーセント。数字的に見れば、確かに大したものではない。


 しかしだ。


 もしこのまま距離が縮まるどころか広がるばかりで、何も進展がなければ未来は大きく変わってしまう。それを回避するためには再び二人をくっつければいい、もちろんそういう発想もあるだろうけれど、人の心はそんなに単純じゃない。それに、そうなればおのずと『二人が絶縁する』『二人が復縁する』という本来あるはずのなかった未知のステップが発生してくるわけで、現実との乖離率はますます大きくなってしまうに違いない。



 そのためには――。



「すげえ無理言ってるな、僕。悪かった」


「……いいよ。わかってくれたらそれで」



 ようやく渋田は、ぎこちないながらも、にこり、と笑った。



「でさ……? ひとつだけ、聞いていいか?」


「いいよ」


「どうしてシブチンは、咲都子のことが嫌いなんだ? あ、いや、言いたくなければ――」



 一瞬、表情を曇らせた渋田だったが、やがて、ぽつり、とつぶやいた。



「あ、あのさ、モリケン? 僕、一度だって野方のことが『嫌い』だなんて言ってないよ?」


「え………………?」



 その予想外の答えに、僕は言葉を失った。



「それってどういう……?」


「いつか……いつか話せると思う。だから今日は、二人でお見舞い、行ってきてよ。ね?」



 それだけを言い残して、渋田は僕の前から去っていったのだった。




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