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第250話 とある少女の帰還 at 1995/9/29

「ご……ご心配おかけしました。あ、あと……お見舞い、来ていただいて、嬉しかったです」


「そんなにかしこまるなって、ツッキー。ともかく元気になって良かったよ」



 結局、水無月さんが再び学校に来るようになったのは、その週の金曜日になってからだった。


 水無月さんは、『西中まつり』の後、都合二週間もの期間、学校を休んでいたことになる。もちろん、その休みの間にも授業は粛々と進められていて、まずは遅れた分を取り戻さなければならない。それに加えて、十月の第三週、運動会の翌週には早くも中間テストがやってくる。


 それもあって、僕ら『電算論理研究部』の部員たちは、放課後部室に勢揃いしていた。



「じゃあ、お休みしていた間の授業のおさらいをしなくちゃね。……ハカセ、頼めるよね?」


「ええ。もちろんですとも。お任せください」



 にこり、と五十嵐君は微笑み、どこから来たのかはもう考えるのをやめたホワイトボードと向き合って、黒のマーカーのキャップを、きゅぽん、と開けた。




 僕たちは、それぞれが、それぞれなりのやり方で、水無月さんの抱える病気と向き合うことにしたのだった。だから、あえて全員でその向き合い方を共有するようなことはしなかった。


 どうであれ、それを天運と受け入れるか。


 はたまた、到底受け入れがたいと憤り、なんとか助けられる道を探すのか。


 それとも、カノジョの気持ちを想ってこそ、知らぬふりで通すのか。


 いろいろな考え方があるだろう。

 そのどれもが正しいが、どれが正解というわけでもない。



 ただひとつ言えるのは、彼女の笑顔が絶えることのないようベストを尽くす、ということだ。



(一番フォローしてあげないといけないのは、きっとハカセなんだと思うんだけど……でも)



 このところ、なんとなく明るく社交的になったように感じる五十嵐君は、軽いジョークを交えながら、水無月さんが休んでいた間に行われた授業のダイジェスト版を披露していた。




 あの時巫女・セツナの言ったことが正しければ、五十嵐君は水無月さんに思いを打ち明け、二人は両想いの恋人同士になったはずだ。しかし、ようやっと見つけた『自分のもう半分』の余命がいくばくもない、と知らされた時、五十嵐君は一体どう感じたのだろうか。




 絶望? 悲観? 神をも呪う激しい怒りと憎しみ?




 いや、きっとどれでもないはずだ。


 僕らは、今まで何度も彼の口からこう語られるのを聴いているはずだ――無論可能です、と。だから僕らの頼れるハカセは、絶対にあきらめないだろう。きっとそうなのだ。




 こん、こん――がちゃり。




 ノックの音も慌ただしく、白衣を着こんだ見慣れた童顔がひょこりを部室を覗き込んでいた。



「おやおや? 心配になってちょっと寄ってみましたが、私の出る幕はなさそうですねぇ」


「あ。荻島センセイ。どうしたんです?」


「ハハハ。特になにか用事ってわけじゃないんですがね――おっと! そうだ、ちょうどいい。ちょっとこの前の『西中まつり』の件なのですが……古ノ森部長、ちょっといいですか?」



 僕はうなずき、荻島センセイの顔が引っ込んだドアから上履きに履き替えて廊下に出る。もしやと予想していたが、僕を迎えるなり荻島センセイは無言でドアを閉めるように合図した。



「センセイにしては用心深いですね……。みんなに聞かれるとマズいことですか?」


「君から聞いた『例の件』を調べてみたんですよ。聞きたいでしょう?」


「……ええ。もちろんです」


「先に言っておきます。あまり気持ちのいい話ではありませんよ? 覚悟してくださいね――」



 そうしてから、荻島センセイは急ぐことなくゆっくりと息継ぎをしながら、ひとつひとつを刻みつけるように語りはじめた。合槌を打つことも忘れ、ひたすら無言ですべてを聴き終えた僕の胸に去来したのは、たとえようのない虚しさと切なさだった。最後に僕はこう告げる。



「やっぱりそうだったんだ……つまり、こうですよね。水無月さんはいじめにあっていた、と」




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