第241話 ただのがきんちょ at 1995/9/22
カタカタカタタタタ――。
僕は、ふと手を止めて振り返り、狭い部室の中をゆっくりと見回した。
「やっぱ……誰もいないって、寂しいもんなんだな……」
僕は、今週いっぱい部活動を停止することを部員全員に告げた。その理由は、水無月さんの抱えている問題について、それぞれなりの答えを出して欲しいと思ったからだ。
本来なら今週からは、十月十日に開催予定となっている運動会の花形種目『騎馬戦』の練習をする予定になっていた。例の『小山田組VSイケメングループVS僕』の、学校階級格差マッチの第二戦目となっている、アレ、である。僕ら『四人』という人数はまさにうってつけの種目だ。
「でもなぁ……今のもやもやした気持ちのままで、集中しろ、って言っても無理だろうし……」
この僕でさえ、そうなのだ。
ましてや、心優しい佐倉君や、なにより五十嵐君の気持ちを考えたら、とても無理だと思う。
「大体さ、ただのがきんちょの、中学生風情に、身近な人の『死』なんて重すぎるんだよ……」
聞く人が聞けば、間違いなく眉をひそめられるセリフだろう。けれど、ごくごく身近な人物の、それも『自死』という状況を二度も体験してしまった僕にとっては、自然に出てくる言葉。
(四〇歳にもなったおじさんでさえ、ぜんぜん受け止められなかったんだからな――)
ほう、と息を吐いて、しばし天井を見上げながら思い出す。
あの人の、あいつの、二つの笑顔を。
最後に目にした表情が、笑顔だったことに感謝すべきか――。
それとも、真の感情じゃなかったことを怒るべきなのか――。
(過去の歴史上、死ぬ運命にある誰かを救命するのは不可能です――)
「……未来だって今だって、助けられないものは助けられないんだ。どんなに助けたくたって」
僕は何もない虚空にそのセリフを吐き出すと、再び前を向いてキーボードを叩きはじめた。
カタカタカタタタタ――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――さて。そろそろ帰るか」
元・当直室に唯一ある、すりガラスの窓越しにオレンジ色の夕陽が斜めに差し込んでいる。次第にこの部屋に慣れはじめた僕には、日差しでおよその時間の見当がつくようになっていた。
通学鞄を担いで上履きを履きながら鍵を閉めていると、ふと人の気配を感じて振り返った。
「……なにしてんだよ、ロコ。そんなところで」
廊下の壁にもたれかかるようにして、体育座りの姿勢で膝頭の上に顔をおしつけている。が、こたえは返ってこなかった。
「おい、ロ――なんだ、寝ちゃってるのか……」
水無月さんを救う方法を探して疲れ果てたのか、はたまた僕を待ちくたびれてうとうとしたのか、いずれにせよ、冷たいリノリウムの床の上に、どのくらいの時間こうしていたのだろう。
「ったく……」
「………………すぅ」
仕方なく僕は、しばらくは起きそうにないロコの隣に腰を下ろし、同じ体育座りの姿勢で膝頭の上に顎をのせると、横目ですやすやと安らかな寝息を立てているロコの横顔を見つめる。
つん、と澄ましたすべすべと滑らかな顔。でも、眠っていて余計な力みがないからか、いつものキツい印象は感じ取れない。陽だまりでまどろむ子猫のような愛らしさがある。まあ、目を覚ませばじゃれついてきて、牙立て爪立てるとわかっているのに、つい手を出してしまう。そんなところだ。
「こうやって静かにしていれば、やっぱ……かわいいんだよなぁ、ロコのくせに……」





