第240話 それぞれのリトライ at 1995/9/18
「ロコの『リトライ』の目的って、一体なんなんだ? なにをやり直して、なにを選び直す?」
「そっ――それ、は……」
僕にとっては、ごくごく当たり前に脳裏に浮かびあがった疑問にすぎなかったのだけれど、その言葉を聞いた途端、目に見えてロコはあたふたと落ち着きを失い、動揺をあらわにした。
「おいおいおい。僕のは知ってるくせに、そっちは教えないとかズルくないか? 第一、もうどっちも未来から戻ってきた二周目の『リトライ者』なんだ、協力できるところはしてこうぜ」
――長い沈黙。
「………………やだ」
「時間かけてその返事なの!? 子どもじゃないんだから、やだ、じゃないだろ、やだ、じゃ」
「誰しも触れられたくない過去ってのはあるものじゃん!」
「お前……どの口が言ってるんだっつーの。僕だって、触れて欲しくなんてないんだけど!?」
「ケンタはいいでしょうが! ケンタなんだし!」
「理不尽っ!」
ひとしきり息を切らせて言い合ったところで、つい、ぷっ、と笑いが込み上げてきた。ロコもだ。ロコは膝を抱えるようにして貯水池を取り囲むフェンスに寄りかかり、僕は隣に座った。
「にしても……なんかとんでもないことになったな」
「あんたのせいじゃない……」
「だって、ロコが――ま、今は置いておくか。はぁ……」
あの時ロコがうっかり口を滑らして言い放った『秘密の約束』がまだ気になっていたものの、今はこれ以上ぎゃあぎゃあ言い合う気にはなれなかった。なにより疲れてしまっていたのだ。
「まったく……でも、結局あの『時巫女・セツナ』は黒幕じゃなかった。誰の仕業やら……」
「……え? ケンタのところにも届いたの? 『時巫女・セツナ』からの手紙って!?」
「手紙……? い、いや、僕のはこれだよ」
「そ、そっか。スマホか」
「そっか、って……なんでロコのところにはわざわざ手紙なんかで届くんだ?」
「だって、あたし、スマホ持ってないもん」
「……は?」
意外だ。現代人がスマホなしで生きられるだなんて微塵も思っていない僕は間抜けた声を出してしまった。だが、ロコはふてくされたように唇をとがらせて抱えた膝の中に顔を埋める。
「も、もう話したでしょ? 別れた旦那。あいつが持たせてくれなかったし、別れた後もスマホを契約したら、どこで調べるのか、必ず一週間以内にかかってくるの。だから、持たない」
「あ……ご、ごめん……」
まずいことを聞いてしまった。きっとロコの『リトライ』に、彼は無関係ではないのだろう。
重苦しい空気が漂い、罰の悪い僕は黙り込む。
反対に、ロコはトーンを上げてこう言った。
「それよりも! 『時巫女・セツナ』も言ってたじゃない!? ツッキーが死んじゃうって!」
「ロコもそう言われたのか」
「ねえ? さっきも言ってたけれど、白血病は治る病気になったんじゃないの!? 違うの?」
「今ここでは僕らに調べる方法はないけれど――」
僕の記憶だけが頼りだ。以前観たテレビ番組の内容を必死で思い出そうとする。
「た、確か……まだこの時代には有効な治療薬は存在してないんだ。歴史の流れとしては、二〇〇〇年頃に飛躍的に治療効果を上げる薬が登場することになる。しかし、日本での認可が下りたのは二〇〇九年になってからのことだ。僕も……うろ覚えだからはっきりと言えないけど」
「あと十四年も先……」
ロコは僕のワイシャツの肩口にすがるようにして叫んだ。
何度も何度も。
「ねえっ! なんとかできないの!? あたしたちは治せる未来を知っているっていうのに!」
「ロコも知ってるはずだ。『過去の歴史上、死ぬ運命にある誰かを救命するのは不可能』って」
「そんなのくそ喰らえだわ! もういい! あたし一人でもやるから!」
「お、おい! 待てって!」
「うっさい! ついてくんな!」





