第238話 そういうことだったのか at 1995/9/18
(そういうことだったのかよ……なんて……なんて……くそ……っ!)
再びお会いすることを約束しつつ水無月家をあとにした僕ら『電算論理研究部』の足取りはみな一様に重かった。誰ひとり、口を開こうともしない。もやもやした思いを抱え、ただ歩く。
不登校になっていたのは、病気がそもそもの原因だったのだ。だがしかし水無月さんは、自分の病名がよもや慢性白血病、それもやがて死に至る病気だとは知らないのである。
なのに、僕らは知ってしまった。知らされてしまった。
これから僕らは水無月さんと、どうやって接していけばいいんだろう。来年、来月、来週、明日。もしかすると水無月さんはもうこの世にはいないかもしれないのだ。それを知ったのだ。
「……」
気づいた時にはもう、僕らはそれぞれの家路へとわかれて向かう分岐点に到着していた。長い間、誰もなにも言わずに立ち尽くしていたが、やがて僕は皆にこう告げた。
「みんな、聞いてくれ――」
僕自身、微塵も動揺していなかった、といえばまるきり嘘になる。
それでも、僕はオトナだ。
「僕らにできることは、ツッキーの毎日を、これからも楽しくいつまでも思い出に残るものにしてあげることだ。ツッキーから逃げ出して、ひとりで嘆き悲しむことじゃない。いいね?」
「無理……だよ……ケンタ君……。だって……だってぇ……!」
「だったら、大丈夫になるまで部活は休んでくれたっていいさ」
あふれ出る涙で続きの言葉が思うように出てこない純美子の細い肩を抱きしめる。途端、僕の肩に顔をうずめて声を上げて泣き出しはじめた。他の部員たちの目にも光るものが見える。
僕は自分に言い聞かせるように、ひとつ、ひとつ、ていねいに区切りながら言葉に出す。
「僕はツッキーに約束しちゃったからね。今までと違うツッキーにしてあげるって。その手伝いをしてあげるって。どうせなら、なりたい自分にならなきゃ。一度きりの人生なんだから!」
それでも、僕にはおどけて笑ってみせるだけの器量はなかった。
どうか笑顔にみえて欲しい、そう願うだけで精いっぱいだった。
「じゃ、帰ろうか。それぞれの家に。そして、それぞれで考えて、自分なりの答えを出すんだ」
そうして、僕らはひとりずつ、その場をあとにした。
最後まで残って見送っていたのは――僕とロコだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「なあ、ロコ?」
「ん」
もう少しでホー1号棟に着く頃になって、僕は団地棟の立ち並ぶ横道ではなく、その前に広がる貯水池を囲む道へとロコを連れて行く。
ロコは――少し堅い表情を浮かべていた。
「僕は、ロコに聞かなきゃいけない。確かめないといけない」
「な、なにを――」
ロコはうろたえたが――。
「僕は、可能性をはなから否定していた。でも、今までもいくつか気になることはあったんだ」
「ね、ねえ? あんたがなにを言ってるのか、あたしには全然――!」
「知ってるか? まだこの世界に『ライトノベル』って概念はないってことを。ロコ、お前は一緒に図書館に行った時にそう言ったよな? それに『脱出ゲーム』やら『インフルエンサー』なんて言葉もまだないんだぜ?」
「そ、それは……たまたまそう言っただけで――」
「あとな?」
僕は視線を泳がせるロコからかたときも目を離さずに、こう言葉をしめくくった。
「本当に残念だけれど、まだこの時代には、白血病の有効な治療法はないんだ……。不治の病なんだよ。それでわかったんだ」
僕はもう、確信していた。
「お前も……僕と同じ、『リトライ者』なんだろ? 違うか?」





