第22話 小山田徹という男 at 1995/4/13
特に行事もイベントもなかった昨日一日、クラスの連中の様子をつぶさに観察していたところ、当時の僕ではまるで気づきもしなかったことがなんとなくわかってきた。
まず、このクラスの中には、早くも二つのグループ――二大勢力といった方がわかりやすいか――が生まれつつある、ということだ。
「おーす」
「おーす、って。遅刻ギリギリじゃーん、ダッチー」
「うっせーな、モモ。間に合ってんだから問題ねーだろ」
いうまでもなくその中で最もチカラと発言力を持っているのが、始業一分前の今まさに登校してきた小山田徹率いるグループだ。これを仮に『小山田組』とする。一年中スポーツ刈りで、Vシネ任侠映画の登場人物を思わせる鋭い眼光と、やり場のない不満を内に秘め、むすり、とへの字に曲げられた口元が印象的な小山田は、まぎれもなくこのクラスを代表する人物だ。
その性格は、ユーモラスであれど粗雑で暴力的。所属するサッカー部ではキャプテンを務めていて、スポーツ全般でその才能をいかんなく発揮していたものの、学業の成績は学年全体で見ても下から数える方が早かった。そんな背景もあってか、西町田中学校サッカー部はとても品行方正とは言い難い、少々問題を抱えた生徒ばかりの『ワルの巣窟』と化していた。
はじめてこのクラスで同じになった僕と小山田の関係は、とても良好とはいえなかった。
どちらかといえば内向的で、勉強ばかりに時間を費やしていた僕のことが疎ましかったようで、しばしばからかいや嘲笑の標的にされたものだ。『いじめだ』と騒ぐほどではなかったが、目をつけられるのが嫌でたまらず、どこか委縮した窮屈な毎日を過ごしていた記憶しかない。
「モモってー。呼び捨てなんですけどぉー」
「んだよ。天音ちゃーん、って呼べばいーのかよ?」
「やだー! キモーい!」
そして、どちらかといえば現在のところ小山田組寄りに傾きつつあるのが、さっきから粗暴な言葉の数々にも臆することなくちょっかいを出している桃月天音だ。
(――そういえばさー。古ノ森クンと河東さんって、あの頃付き合ってたって……ホント?)
つい、同窓会の日に桃月から言われたセリフを思い出してしまい、苦々しく顔をしかめる。
そう、桃月天音はごくごくカンタンに言ってしまえば『実に面倒臭い女子』なのだった。
幼さと無邪気さを秘めたいわゆるロリ顔。それに比べて、低めの身長ながらもアンバランスなまでに大人びた印象の起伏に富んだ身体つき。あの広子を中心として生まれた『モテ女子』グループ内における桃月のポジションは『誘惑セクシー系ロリ・小悪魔風』といったところだ。
同性より異性とのコミュニケーション、それもより直接的な言動が多いのが彼女の特徴で、相手が誰であろうと自分のスタイルを崩すことなく接し、巻き込み乱して、最終的には主導権を握ってしまう。そして、親しげに触れ、時にはたしなめるように叩き、もたれかかるように寄りかかるなどして次第に距離感をバグらせてしまう。すると、たいていの男子はたやすく彼女の術中に落ちるのだ。こいつ俺のこと好きだろ絶対――そう勘違いしてしまうのである。
ただ、なぜだか僕は桃月に不思議と気に入られていた――おもちゃという意味で――らしい。
地味で平凡、勉強ばかりで異性どころか他人との関わり自体乏しかった僕だが、その割には桃月の過激なアプローチにもロクに反応を示さず終始平然としていたからだろう。一応断っておくが、僕の性対象は至ってノーマルだ。そりゃあ少しはドギマギした。でも、それだけだ。
桃月にとってそんな僕という存在は『面白くない奴』であり『面白い奴』だったに違いない。
「ちゃん付けで呼ばれちゃったんですけどー? どー思う、ロコ?」
「はぁ? あだ名で呼ばれる方がよっぽどなれなれしいんじゃない? てか、巻き込まないで」
「えー、冷たいのー! ひどーい!」
仲の良い広子に塩対応であしらわれた桃月は、あざとさ全開の泣き真似をしはじめて、クラスの――主に男子からの――同情を集めようとする。これが実にうまい。まさしくプロ級だ。
だが、油断大敵。
その背後に忍び寄るひとつの影があった――。