第214話 『西中まつり』(1) at 1995/9/15
どん、どどん――。
校舎裏の土手から打ち上げられた、学校行事恒例の音ばかりの三段花火の轟音が、立ち並ぶ団地の隅から隅へと鳴り響き渡った。この瞬間から、僕らの『西中まつり』ははじまるのだ。
「……よし。最終チェックも完了です、古ノ森リーダー」
ふう、と額に浮いた汗を拭ったのは五十嵐君だ。最後の最後まで、納得がいかない、と言い張って、壁板や配線の調整を行い、朝一番から何度もチェックとテストを繰り返していたのだ。
「ありがとう、ハカセ。けど、ハカセの緻密な計算のおかげで、組み立てはスムーズだったね」
「当然です」
くい、と丸眼鏡の位置を直し、それから珍しく五十嵐君ははにかんだような笑顔を浮かべる。
「……と言いたいところですが、ここまでうまく行くとは、僕自身、思っていませんでしたよ」
「な、なんか、パズルみたいでしたよね! 最初っからつなぎ目ができてて、ハメるだけって」
佐倉君が言ったとおり、五十嵐君設計の段ボール製の壁板には、差し込み用の棒部分と受け用の穴部分が設けられており、裏面には配置順に番号が振ってあった。なので僕たちは、例の青図面と照らし合わせて書かれているとおりの順番にそれらをはめ込んで並べていくだけで済んだのだ。
僕らの生命線でもある2台の『98』はもとより、技術工作部から借りたスピーカーやそれらをつなぐ配線もそうだ。すべてが、五十嵐君がひとりで書いた図面と、五十嵐君がひとりで作り上げたミニチュアとまったく同じようにできていた。さすがは僕ら『電算論理研究部』のハカセだ。
「あとは……。ええと、そろそろ戻って来る頃じゃないかな?」
と、僕が後ろを振り返ったちょうどそのタイミングだった。
「うーい。おまたせー。コイツのメイクやら着付けやらに、やたら手間取っちゃってねー」
「僕、穢されちゃったよぅ……ぐすぐす……」
案の定、初メイクに初コスプレの渋田は、今の自分の姿がよほど嫌なのか、意味不明な泣き言をぐちぐちこぼしていたが、キャスト役の二人の姿に一同改めて感嘆の溜息を漏らした。
「す、凄いですねっ! なんか、ホントに未来から来た人! ってカンジじゃないですかー!」
お手伝いした衣装の完成品はすでに目にしていても、実際に誰かが着ている姿をはじめて見た佐倉君の目がキラキラしている。もちろん、僕を含めた他の部員たちもそうだ。光沢のあるパールホワイトをベースに、ライトイエローとライトグリーンのラインが幾何学模様を描くぴったりとしたシルエット。メイクを施した目元には、クリアオレンジの大きなゴーグルを装着していて、かなりクールだ。
「元々あたしが持っていた知識に、さらにせりさんに教わったテクニックが加わったからねー」
「確かに、サトチンの腕はさすがだし、カッコいいしかわいいよ? でもさ、なんで僕が……」
まだブツブツ呟く渋田の姿は――うーん……なんかいつもよりコミカルさが強調されて、デフォルメされたって感じがする。上半身はムキムキで、でもずんぐりむっくりしてるような。
「えー? カッコいいと思うんだけどねー。いかにもSF映画に出てきそうな異星人じゃんか」
「そ――そう? カッコいい? な、ならいいんだけどさー!」
あいかわらず手のひらの上で転がされてるなぁ。異星人というより、どっちかというとドワーフっぽいんだが。でも、頬にオイル汚れらしき物まであって、優秀なメカニックってカンジでいいと思うぞ。
そこで、遅れて登場したのは――。
「ホント、ホント! 渋田君、カッコいいと思う! サトちゃんもすっごくかわいいー!」
「あ! スミちゃん! 良かった、間に合わないかと……」
「とりあえず、女テニの方の準備だけは手伝わないといけなかったから……ゴメン、ケンタ君」
そうこたえながら深呼吸をひとつして弾む息を整えると、純美子はハミングをするように静かに長く声を出した。音階を変え、テンポを変え、徐々に声に張りと大きさを与えていく。
それから、うん、と大きくうなずいてみせた。
「ケンタ君が選んでくれたあたしの声――誰にも負けないこの武器で、物語を完成させてみせるよ!」