第213話 最後の仕上げ at 1995/9/14
きーんこーんかーんこーん――。
「よし、終わった! 電算論理研究部、急いで行くぞ!」
はい、ここまでね――ほんわか笑顔で告げた九組の担任で数学担当の笹原センセイは、まるで早く終わらないかと待ちかねていたかのような僕のセリフに、ひくり、と頬をひきつらせた。さすがに温厚で包容力もハンパないと人気の高い笹センでもいらだちを隠せないようだ。
「遅れんなよ、シブチン! 後ろは来てるか?」
しかし、こっちは気遣いをする余裕なんてない。すれ違うセンセイや生徒がぎょっとした顔をして廊下を走り抜ける僕たちに非難めいた視線を向けるが、今日ばかりはご容赦願うとしよう。
「来てる……んじゃないの!? つーか、僕だって後ろ振り向く余裕ないって!」
「五十嵐、合流しました。ただいま後方5メートルにおります」
「さ、佐倉もその隣にいますからぁ! いますからね!?」
いたって冷静に合流報告した五十嵐君が教えてくれたらよかったのだろうに、スルーされた佐倉君は大慌てで自分の存在をアピールする。それから恐る恐るこう付け足した。
「で、でも、廊下走ってたら怒られないですかね? しかも行き先は職員室の隣ですよぅ!?」
「明日の『西中まつり』の準備だとか予行演習だとか言っておけばいいって! もしも誰かに咎められたら、事情説明のためにひとりだけ生贄――じゃなかった、置いて先に進むからな!」
「うひぃ!? トカゲの尻尾役は嫌だぁー!」
がちゃり――。
よほど僕らの表情に切羽詰まったものが現れていたのか、文化祭前日には毎年誰かしら似たようなことをするからなのか、運良く誰にも止められることなく部室へ辿り着くことができた。
「よし! 残り十三分しかないから、昨日の打ち合わせ通りに壁板だけは全部運んじゃおうか」
「うへぇ……一人一枚持ったって何回か往復しないとだね。かといって、壊したら意味ないし」
「古ノ森リーダーに渋田サブリーダー。昨日、技術工作部より台車をお借りしておきました!」
「ナイスだ、ハカセ! じゃあ、僕たちはこのまま運んでいくから、佐倉君とそっち頼むよ!」
「り、了解しました! できるだけこっちで運べるように工夫してみますぅ!」
言うが早いか、僕は渋田をともなって、視聴覚室のある一階廊下の反対側目指して早足で歩きはじめた。カラダの横で大きな段ボール製の壁板を抱え込み、もう一方の手を裏面に斜めに走っている筋交いにそえて、不安定な体勢のままの斜め歩きで、だ。
「くっ……! 思ったより……キツいなこれ……」
カギを預かっているのは僕だから、最初に到着しなければ誰も視聴覚室には入れない。だが、顔をあげて残りの距離を見てしまうとココロが折れそうだ。床を見つめて黙々と足を進める。
と――不意に隣に。
「ははは。思ったよりしんどいですねぇ! ちょっと見かけて手伝ったのは失敗でしたねぇ!」
「お、荻島センセイ……!」
いつも真っ白な白衣が汚れるのもいとわずに壁板を両脇に一枚ずつ抱え、にこにこと笑顔を浮かべているた荻島センセイが、いつの間にか僕の隣にいたのだ。く、と熱いものがこみ上げた。
「あの……ありがとうございます!」
「ははは。ウチのクラスの男子が職員室の前を何度も走っていたら、怒られるの私ですからね」
そこで荻島センセイは大袈裟に震える真似をして見せた。
僕はその背中を無我夢中で追いかけていく。
(まったく……その自分だって誰より騒がしく走ってるくせに……。ホント、良いセンセイだ)
「さて、どうです? 人気を集める出し物ができそうですか? 古ノ森君?」
「わかりません。……けど、僕らは――少なくとも部員の僕たちは、最高だって信じてます!」
「ははは。それは頼もしい! 私もぜひ見物させてもらいますよ! ははは」
そうして僕らは休み時間が来るたびに視聴覚室へと物資を搬入していき、放課後五十嵐君の指示の下、すっかり夜になるまで設営を行った。
すべてが終わったのは九時を回った頃だった。