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第202話 二学期がはじまる at 1995/9/4

「はい。みなさん、休み中はどんな風に過ごしていましたか。充実した夏になりましたかね?」



 二学期最初の月曜、教壇に立った荻島センセイは開口一番にそう告げた。もちろんいつもと変わらぬ白衣姿だ。ただし、中のワイシャツも白衣も肘のあたりまで捲り上げていて暑そうだ。



「休みボケで覚えてない人もいるかもしれませんから、はじめにおさらいしましょうか――?」



 荻島センセイはチョークを手に取り懐かしそうにその感触を確かめると、一気に書いていく。



「二学期は、文化祭に運動会、球技大会と行事が盛り沢山です。ああ、まったく忙しいですねぇ! あと、プールでの水泳授業もやります。まだ暑い日が続きますからちょうどいいですね」



 今日の最高気温は二八度。近頃の小中学校ではエアコン設備が当たり前になっているけれど、まだこの時代にはそんな贅沢なモノなんて一切なかった。団地生活者にとっては、自宅にすらないという家庭も少なくはない。おかげで、窓もカーテンも全開、というウチが多かったのだ。



 幸いにも、我が西町田中学校は立地と風向きの関係から結構風通しが良く、そうでなくても教室に一台きりの扇風機があればなんとか、という過ごしやすさだった――ただし窓際を除く。



「……ね? ケンタ君? もうちょっとこっちに寄る? そこ、暑くない?」


「あー。うん、ちょっとズラしたいかも。日差しがきつくってさ――」



 なお、陽当たり良好。僕だけに限らず一番窓際の連中は、軒並み廊下側へと机をズラして日差しを避けようとしていた。ただ、僕のところにはカーテンがない。吊るされていないのではなく、僕より前の連中が独占してしまっているからだ。底辺陰キャのつらいところである。



「……」



 ふと、距離が近づいた純美子の横顔を見る。


 昨日の逃走劇のあと、純美子とロコはどんな話をしたんだろうか。僕は宣言どおりにロコを送り出したあと、商店街からまっすぐ家へと帰った。生意気にもデートに行くと意気揚々と出かけていったのに、まだ昼にもなってない時間に帰ってきた僕を見てお袋は仰天したものだ。



 その夜、純美子から電話があった。



(ごめんね、今日は……。今度、二人きりでゆっくりとおでかけしようね。約束……だよ?)



 ウチの電話はキッチンにある。掛かってきたのが夕食直後だったから親父もお袋もそばにいて妙に気恥ずかしかったけれど、意外にもからかいや冷やかしの言葉はかけられなかった。



 続けて電話が鳴った。

 掛けてきたのはロコだった。



(えっと……し、心配かけてごめん。悪かったわよ。明日からはフツーどおりだから。じゃ)



 なぜかこの時だけ『あら、今のロコちゃんね!』とお袋が聞いたので仕方なくうなずいた僕。



(二人ともどんな話をしたのか教えてくれなかったな……。でも、言いたければ言うだろうし)




 とは思うものの。

 まあ、気になってしまう僕なのである。




「……ん? どうしたの?」


「あ! や! い、いや、なんでもない……です」



 さすがにずっと見つめていたら相手も気づくものらしい。ほんのり頬をピンク色に染めた純美子は、机につっぷした僕のぎこちないごまかしを、ふーん……、と冷ややかなジト目で見た。



「二学期初日から、そんな調子で大丈夫なのかなー……? まだ夏休み気分なのかなー……?」


「だ、大丈夫ですってば。いろいろやらなきゃいけないことがあるから。浮かれてられないし」




 ――と。

 耳元での甘い囁き。




「でもぉ……たまーには、浮かれたっていいんだよ? かわいいカノジョからのお願いね?」




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