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第20話 その2「勇気を出して声をかけてみよう!」 at 1995/4/11

 結局、昨日は渋田の母親が仕事から帰ってくるまですっかり長居してしまった。しかしそのおかげで、僕が土日に作成した『やることリスト』はバージョンアップを果たしたのだった。



「おはよー」「おはよー」



 まだ始業のチャイムまでには余裕がある。生徒の数もまばらだ。


 何気ないそぶりで窓側の自分の席まで辿り着いた僕が、つ、と視線をあげると、教室の前の方の席からこっちを振り返っている渋田と目が合った。あの野郎、にかっ、と満面の笑みを浮かべながら、しきりに『横! 横!』と無言の合図を送ってきやがる。わかってるっつーの。



「お、おはよう、河東さん」


「あ――お、おはよう。古ノ森君、だよね?」



 なるべく自然体で声をかけたつもりなんだけど、純美子は突然のことに慌てたみたいで少し早口になりながら笑顔で応えてくれた。肩までのまっすぐ伸びた黒髪の奥の顔はほんのり赤い。



「うん。あ、あのさ? 隣同士、一年間よろしくね」


「こ、こっちこそだよ! でも、あの……席替え、あると思うから……」



 自己主張が強くて承認欲求の塊みたいな中学生の群れの中において、河東純美子はいつも控え目で、誰かの後ろにひっそりと立っている、そんな物静かな雰囲気の女の子だった。



 本を読むのが趣味で、ある時僕は純美子に聞いてみた――『それ、なんていう本なの?』。僕から尋ねられるとは思っていなかったようで、純美子は恥ずかしそうに視線を泳がせながら『詩人の高村幸太郎が書いた『智恵子抄(ちえこしょう)』。知ってる?』とか細い囁き声で返した。偶然にも泰之叔父さんから同じ本を譲り受けた僕が『愛を(つづ)った詩集だよね?』と、受け売りの知ったかぶった返答をすると、純美子はますます顔を真っ赤に染めて『変、だよね? あたしが愛の詩集なんて……』と言い残し、逃げるように走り去っていく後ろ姿を僕はいまだに覚えていた。



 今まさに、彼女の手元でそっと閉じられているその本が、きっと『智恵子抄』に違いない。


 手作りらしいピンクのギンガムチェックのブックカバーに隠された、純美子のひそやかな『冒険』。誰にも言えない『恋への憧れ』。純真無垢な文学少女が出会ってしまった『甘い毒』。



 僕は以前と同じ質問をしようとして――やめた。

 その代わりにこう言ってみる。



「僕さ、自己紹介の時に言ったけど、アニメやゲームが好きでさ。でも、読書も結構するんだ」


「そ、そうなの?」



 ま、ラノベが多いんだけどね。



「どんなの読むんだろう、古ノ森君は? ちょっと興味……あるかも」


「ええと――」



 と考えてから重大な事実に気づいてしまった僕はたちまち青ざめた。内心、ってことだけど。


 素直に好きな物を言えばいいわけじゃない。

 この時代に存在した作品じゃなきゃダメじゃん。


 ええい、賭けだ。



「小野不由美さんの、とか。タ、タイトル、ド忘れしちゃったなー……? ええっとー……?」


「も、もしかして『十二国記』とかかな? それとも、その少し前の『ゴーストハント』かも」


「……へ? あ、そうそう! それそれ! 『十二国記』!」



 一瞬、俺の反応が遅れてしまったのは、おととし――二〇一九年ってことだけど――にひさびさの新刊が発売されてかなり話題になった『十二国記』ってこの頃始まったんだなあ、という感動というか感慨というか、なんとも複雑な感情が余計な邪魔をしたからだ。すげえ言いたい。教えてあげたい。今もまだ続いてるんだぜ、って言ったら、さぞかし驚くことだろう。



「よかったらさ、河東さんの持ってる本とか貸してくれないかな? もちろん僕のも貸すよ」


「う……あ……。い、いい、けど……? で、でもあたしの、女の子向けが多いよ?」


「大丈夫。僕さ、少し古めだけど、新井素子さんの作品がとても好きでさ。知ってるかな?」


「あ! あたしも好き……! ふふふ。一年間、ちょっと楽しみになっちゃったかも」



 うおおおおおお!

 やった、てごたえありだ!


 ……って渋田、お前はガッツポーズせんでいいから。な?




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