第196話 祭りのあとの、あとの祭り at 1995/8/28
――祭りのあった次の日は、どこか寂しい。
かくいう僕も、純美子からの告白を受けてこの上なく満たされているはずなのに、ココロにぽっかり穴が空いてしまったように、どこかうつろで、どこか大事な何かを失くしてしまったかのごとく、気づけばぼんやりと物思いにふけるようになっていた。
(結局……あの青白く光る蝶は、ロコだったのかな……)
僕と純美子は、色とりどりの鮮やかに明滅する無数の花火の下で、何も言わず、ただお互いのカラダをしっかりときつく抱きしめた。念願叶った僕はもちろんだけれど、それ以上に純美子の細いカラダの一体どこに、こんなチカラが隠されていたのか、と驚かされたほどだった。
(だって――ずっと我慢してたんだもん。こんなにもケンタ君のことが好きって気持ちを……)
きっと――祭りのせいだ。
あの独特の高揚感。学生時代に教わった民俗学でいうところの『ハレとケ』の『ハレ』、つまり『非日常』の空間・時間の象徴こそが『まつり』だ。神霊を呼び降ろし、饗応し、慰め、その御力を賜る儀礼・秘儀。神道ではそれすなわち『祭祀』、『まつり』としている。きっとどこかの神様だか御霊だかが痺れを切らせて、僕と純美子の背中を、つい、と押したのだろう。
だから――あんなことを。
(ねえ……キス……してくれないの……? ………………んっ)
昇降口まで辿り着き、脱いだスニーカーを下駄箱に入れようとした刹那、昨夜のワンシーンが脳裏によみがえった。僕は急いで空いている左手を振って、薄桃色の幻影をかき消した。
と、背後から誰かの気配が。
「おはよー、モリケン! 昨日は楽しかったね! ま、まあ、ちょっとトラブルはあったけど」
「――!? な、なんだ、シブチンか……」
「なんだ、ってひどくない!?」
渋田は、うへえ、と渋い物を口にしたように顔をしかめる。それから実に嬉しそうに笑った。
「でも……よかったね、モリケン。待ってた甲斐があったじゃんか」
「あ……お、おう、サンキューな」
照れてうつむいた背中を渋田に、ぺちん、と叩かれた僕は、照れ隠しに大袈裟によろけた。
互いが互いをどれほど好きかそれを十二分に確かめた後、僕と純美子はみんなの待つ場所まで戻ると、無事(?)付き合うことになったことを報告したのだった。
例の芹が谷公園での『告白失敗デート』以降、みんなに気まずい思いをさせないように『一時保留扱い』になった、と半分だけ嘘をついていたのだから、僕らの気持ちも一気に楽になれた。
佐倉家ご愛用のかわいらしいくまさん柄のレジャーシートの上で僕らの報告を耳にした『電算論理研究部』のメンバーたちは、まわりの他の見物客がぎょっとするほどの大声を上げて驚いたかと思うと、一斉に立ち上がって僕たちを取り囲み、祝福してくれた。
「ついに! やっと! ああああああ! やったじゃん!」
「よかったですね……おめでとうございます!」
ただ、しかし、だ。
「あれ……ロコは? どうしていないんだ?」
「それがねー」
咲都子は浴衣姿には不釣り合いすぎるがさつな態度でぽりぽりと頭を掻きながら続けた。
「急に具合が悪くなっちゃったみたいでさー。先、帰る、って。せっかく着付け手伝ってもらったのにね……。でも、顔真っ青でさー。本当に具合悪そうだったから、かえでちゃんに――」
「は、はい。僕がおうちまで送っていきました。こうやって――」
突然話を振られて慌てたのか、佐倉君はおんぶをする恰好を真似してみせる。
「だから来週は、体操部の練習もあるし『電算論理研究部』は休むから、って言ってました」





