第174話 かえでちゃん奪還作戦(2) at 1995/8/6
幾重にも取り囲むように立ち並んだ見物客を押し退け、ようやく辿り着いた先にいたのは。
「え……? ホ、ホントに君、佐倉君なの……か!?」
ネイビーブルーのミリタリーテイストのドレスに身を包み、驚いたような恥ずかしいような、それでいて少しうれしそうな、驚愕と恍惚の表情を複雑に入り混じらせた少女の姿。
いや、ふと漏れ出た声は確かに佐倉君のものだったと思うけど、すらりと伸びた足には白いガーターストッキングを履き、くい、と引き締まったヒップは極小のショートパンツに包まれていて、どう見たってその姿は女の子でしかないのである。
長めのジャケットの裾がミニスカートのようにも見えるようデザインされているので、ちらちらイケナイものが見えてる感が。
「ち――違いますぅ! あ、あたしは、ただいま売り出し中の新人アイドル、葉桜ふぅですう!」
「あ……ご、ごめん!」
慌てて謝る僕。
よくよく見れば、睫毛も驚くほど長いし、佐倉君よりたれ目だ。
左目の下に、あんな目立つホクロなんてなかったと思う。な、なにより、この子のチューブトップの胸元を押し上げているあの二つのかわいらしくて慎ましやかなふくらみは、どう考えたって――!
「えええええ、嘘っ!? か、かえでちゃん!? ホントにかえでちゃんなの? マジぃ!?」
「うひぃっ!」
僕に遅れること数十秒、ようやく人波から、ぽん、と顔を出したロコが開口一番叫ぶと、自称・新人アイドルの葉桜ふぅはアイドルらしからぬ変なポーズで両手をあげつつ悲鳴を上げた。しかし、そこはさすが将来有望なアイドルというべきか、すぐさま体制を立て直して抗議した。
「だ、だ・か・ら・! あたしは、葉桜ふぅです、ってさっきから言ってるじゃないですか!」
葉桜ふぅは必死に否定する。目には涙まで浮きはじめていた。それを見た観衆たちは当然のように彼女の味方になって、突如乱入して台無しにしてしまった僕らを口々に非難しはじめた。
「お前ら! ふぅちゃんに変ないいがかりつけてんじゃねーぞ! 帰れー!」
「そうだそうだー! せっかく盛り上がってたステージが台無しじゃねーか! ふざけんな!」
怒れる人の輪が、徐々に僕らを追い詰めはじめた。
それでも粘るロコは僕に尋ねてくる。
「ねぇ? ホントに違うの? それとも、ホントにそうなの? どっちなのよ、ケンタ!?」
「い、いやいやいや! ぼ、僕に聞かれたってわかんないってば! それより……ヤバい!」
両手を広げて迫りくる人波を押し返そうとふんばりながら僕は真偽を見極めるべく観察する。でも、おへその見えた大胆なデザイン、怯えるような内股の姿勢。やっぱり違うのか……!?
その時だ。
ようやく人混みから抜け出したみかんちゃんは、迷うことなくこう叫んだ。
「ぷはぁっ! ……かえでちゃん! お姉ちゃんたちも! もうこんなことやめなさい!!」
「み……みかんちゃん!? どうしてここに――はっ!?」
しまった! という表情が、カノジョの嘘を雄弁に語っていた。
あれは――やっぱり!
ピーッ! ピーッ!
突如響き渡ったホイッスルの音が、その場にいた者全員の動きを止めた。
人々の輪がJR『町田駅』の改札のある方角から、少しずつ少しずつ崩れていく――そうか、ここのすぐ下には交番があったんだっけ。上で騒ぎが大きくなってきたから様子を見に来たに違いない。
「なんだなんだ、この騒ぎは? 今日ここでイベントをやるだなんて話、聞いてないぞー!?」
「やべぇ! 警察だ! お、おい、即刻撤収するぞ!」
だがその一瞬のスキをついて、佐倉君の左後方で待機していたらしいパンツスーツ姿の長身の女性が叫び、そのすぐ隣にいた瓶底メガネの根暗女子が佐倉君の白いロンググローブに包まれた手を一気に引き寄せ、薄手の毛布をかぶせてぐるぐる巻きにする。
そして。
一気に逃げた。
「お、おい! ロコ! みかんちゃん! あいつらを追うぞ! 巻き込まれる前に走れ!!」