第144話 僕らの『がっしゅく!』二日目(1) at 1995/7/28
「――タ君……? ねえったら!」
「あ……ごめんごめん。なんだか僕、ぼーっとしちゃってた。……もう一回言ってくれる?」
「もう! これで二回目だよ? 次は絶対に――」
ぷくー! と頬をふくらませた純美子は、呆れたように目をぐるりと回すと僕の顔のど真ん中に、びしり! と人差し指を突き付けた。とたんにキッチンテーブルを囲む他の部員たち六人が揃って、ぷっ、と噴き出し、愛想笑いを浮かべながらぺこぺこと頭を下げる僕である。
にしても――僕は再び、昨晩の時巫女・セツナと交わした会話を思い出していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ま、まさか……純美子へ告白したことを言っているのか? 世界が……変わる……だって?」
スピーカーから鋭く鼻を鳴らす音が響いて薄闇に溶けて消えた。
『――それが誰であろうが、どうでもいい。だが「時間」と「歴史」は、その先にある結末を「拒絶」して「修復」したのさ。気に喰わなかったのだろうよ。だから、リセットしたのだ』
「ね――ねじ曲げた……ってことか!?」
とたんに頭に血が上る。
「ふざけるな! ふざけるなよ!? 僕がどんな気持ちで……純美子はどんな気持ちで……!」
『おっと。誤解、しているようだな、古ノ森健太』
時巫女・セツナは冷静そのものだった。
僕ののぼせ上った頭を冷やすようにゆっくりと言う。
『なにも、無から有を生み出したわけではない。なかった未来を押しつけられたわけではないのだ。きっとどこかにあっただろう未来……つまり、あれもひとつの「可能性」というわけだ』
「もしかして『多世界解釈』みたいな夢物語の話をしているのかよ? あれは量子力学の――」
『「エヴェレットの多世界解釈」のことかね? くくくっ……ずいぶんと物知りだな、お前は』
「い、いや……べ、別に専門知識があるわけじゃない。名前とざっくりした内容くらいで――」
むしろ驚いたのは僕の方だ。うろ覚えな小難しい言葉を耳にしても、時巫女・セツナは動じるどころか即座に、より正確な言葉を引用して応じてみせたのだから。急に勢いを失った僕に、はぁん、と時巫女・セツナは合点がいったような声を出すとそのまま話を続けていった。
『「可能世界」や「多元宇宙」だという考え方もあるが、恐らく「並行世界」なのだろうな。いや、名前はどうでもいい。真の問題は、現実との乖離が何らかの形で相殺されたことだよ』
「相殺して現実に引き戻した……誰が、どうやって?」
『犯人探しもその手口も、この際問題ではないのさ。いいかね、古ノ森健太――』
やけにゆっくりとした口調で時巫女・セツナは最後に僕にこう告げたのだった。
『お前がいくら足掻こうと、決して変わらない「未来」がある。それはな? お前たちが仲間と呼んでいるあの少女、水無月琴世は、中学二年生でその短い生涯を終えるということなのさ』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
確か、あのくそったれなマニュアルにも書いてあったことだ。
『過去の歴史上、死ぬ運命にある誰かを救命するのは不可能です――』
それは僕の――いや、俺の親父、古ノ森進一がこれから十六年後に肺から転移したがん細胞に全身を蝕まれて死ぬ、という「未来」も決して変えられない、ということ、だが。
(ツッキーが……水無月さんがもうすぐ死んでしまうってことなのかよ……そんなのって……)
「……ケーンーター君?」
「う、うわっ! び、びっくりした……」
すっかり自分の考えに没頭していた僕は、脇腹への痛みとおどろおどろしい声に飛び跳ねた。
「……聞いてたの? もし、まーた聞いてなかったーなんて言ったらー……!」
「き、聞いてたよ。今日は大いに楽しむ。そして夜は文化祭に向けての会議をしよう、だろ?」