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第135話 夏休み初日だから気分はラッキーー! at 1995/7/22

「……あ……あの……。おはよ……ござい……ます……」



 次の瞬間、部室にいた僕と渋田と五十嵐君の動きが完全に制止した。


 なぜなら、ロコに背中を押されるように歩み出てきたのは見たことのない少女だったからだ。



 ゆるやかに、繊細なカラダの線をなぞるように腰あたりまでうねり流れていく長い黒髪。前髪は眉下あたりで揃えられ、その下には長く黒々とした下睫毛が印象的な細く長い目が――あるのだけれど、きょときょとと落ち着きがなく、すぐに逸らされてしまった。


 服装はもちろん僕らと同じ制服なのだけれど、スカートの裾から白いフリルが覗いていた。ふんわりとシルエットが膨らんでいるところを見ると、バレエの衣装でよく見るパニエか何かを重ね履きしているらしい。すらりと細い脚は黒タイツ。その足先には見慣れた上履きが――。



「え――!? もしかして……ツッキー!?」



 驚いた僕が一段階上のトーンで叫ぶと、びくっ、とカラダを震わせながら、こくこく、とうなずいている。改めて水無月さんの()()()()()()()()()()()顔を観察すると、うっすらメイクされているらしい。それもあいまって、いくぶん血色も色艶も改善された人形のような端正な顔立ちが、縮こまって済まなそうにうつむいているさまが妙なアンバランスさを生み出していた。



「もーっ、もっと胸張って! 猫背になんないの! しゃきっとしてればかわいいんだから!」


「か――っ! か、かわいい、とか……ないです……!」


「なくないっ! ほら、見てみなさい、男どももツッキーの変身っぷりに見とれてるじゃん!」



 ロコに背中のど真ん中を押された水無月さんは、仕方なしに曲がっていた背を伸ばし、僕たち三人の表情を窺うように上目遣いで盗み見た。僕は慌ててがくがくと何度もうなずく。



「い、いや、ビックリだよ! ホント、見違えちゃった。似合ってるじゃん、ツッキー!」


「ホント、ホント! 背が低くて細いから、まるでお人形さんみたいだね!」


「変われば変わるものなのですね……。よくお似合いだと思いますよ、()()()()



 ひとりずつ順番に感想を述べたところで、その場のひとりを除いた全員が、ん!? と表情を変えて振り返った。その視線の圧力に耐えかねたかのように、注目を浴びたまま彼は言う。



「な――なんですか。どうかなされましたか?」


「今……ハカセ、『()()()()』って呼んだよね? 僕の聞き間違い……じゃないよね?」


「よ……呼んだかもしれませんが……。それはみなさんと同じようにしてみたまでで――」



 はじめてかもしれない。


 五十嵐君のトレードマークとも呼べる、あのアルカイックスマイルに異変が生じたのは。冷静沈着、何事にも動じないはずの五十嵐君が頬をわずか赤くしていた。


 今日までに五十嵐君が部員の誰かを、いや、それこそクラスの特定の誰かを名前で呼んだことは一度たりともなかったはずだ。ましてや、ニックネームなんてものとは無縁だったはずだ。



「と、とにかく。今は僕のことより、水無月さんのことでしょう?」



 状況を察した僕と渋田とロコは、口元に笑みを浮かべたまま目くばせをしてうなずきあった。



「そうだったそうだった。うん。いいじゃん、『自分じゃない自分になる』第一歩成功だね!」


「でしょー? あたしがいつもいく美容院のお兄さんにお願いして、超かわいくしてね、って」


「そ、そう……です……か? あたしが……かわいい……? うれしい……」



 水無月さんは小さな声で繰返しそう言っては、もじもじとカラダをゆすり、五十嵐君の方にそっと控えめな視線を向けていた。五十嵐君は、目をパチパチしばたたかせながらうなずく。


 なかなかいい雰囲気だぞ、五十嵐君と水無月さん。

 身長的にも釣り合いが取れていて、結構お似合いかもしれないな。



 しばらくして、五十嵐君は僕を見つめてこう言った。



「僕がなぜ突然『夏期合宿をやろう』と言い出したのか、古ノ森リーダーはわかりますか?」



 そういえば――?

 僕が答えに(きゅう)して眉を上げて続きを促すと、五十嵐君はこう告白する。



「僕は、部活に入ったことがありません。ましてや合宿など未体験なのです。そして――」


「……そして?」


「そんな僕と同じ境遇の『()()()』にも、その『楽しさ』を感じてもらえればと思ったのです」




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